ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

C.J.チューダー著『アニーはどこにいった』文藝春秋

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 傑作ですね。評判通り。

 たっぷり怖いです。腐臭もカビ臭さも不穏さもムシのガサガサ感もしっかり味わえます。イギリスの田舎が舞台ですので、ゴシックとまではいかないですけど現代のやさぐれ感のバックキャストに土地の呪いが浮かび上がる語り口は上手い。

 そして綺麗な回収に謎解き。くわえて敢えて解かない「遊び」としてのオカルト部分の配分が超絶妙。ぱっきりと合理的に説明されちゃうのが欲しいなら横溝正史を読めばいい。このハイブリッドな読書感が本作の1番の魅力でしょう。油断してるとびっくりするくらいの騙しに遭ってるし。

 僕にとって最も味わい深かったのはハードボイルド要素ですね。主人公はギャンブル依存症で作った借金のせいで逃亡している男性英語教師。亡くした妹への愛や惜別の情、いじめられっ子の生徒への優しさや正義感を見せながらも、だらしないところや決して誠実と言えない自分の性格を自虐する一人称は素晴らしく魅力的。散々自分のことを「嘘つき」と貶めるその態度が最後までこの作品のテーマでもあります。

 酒飲みらしい作者の嗜好からか、華美ではないけども飲み食いのシーンがとてもよく描けているところも好きです。全編を通して居心地の良い瞬間はほとんどないのですけど、それでも同僚の女性教師ベスとのパブでのシーンは数少ないほっこりする場面のひとつ。このベスとの距離感がまた主人公の内向きの食えなさを表現していることに終盤気付かされるのだけど、なんだろうこの全方位に神経張り巡らせたペンの行き届き方!

 読んでるうちに3回くらいジャンルが変わるような本です。それも静かに気付かないうちに。あまり枠にはめて理解しようと躍起になって読まないほうがいいでしょう。怖くて気持ちの悪い世界に漂っていると、とんでもないものに足を掴まれていた、そんな感覚を楽しめる小説です。