ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

『街の上で』映画・MOVIE

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今泉力哉監督(『あの頃。』『愛がなんだ』)、若葉竜也主演(『おちょやん』『葛城事件』の引き篭もり次男)の『街の上で』をT・ジョイ蘇我で昨日鑑賞してきました。

 

や・ら・れ・た・・・!

いきなり『ノマドランド』超えが来ましたよ、これ!

モテ非モテ境界性自意識過小サブカル男子の青春恋愛パルプ・フィクション。ほんと凄い映画です。

 

「いや、分かんないっスけど」「大丈夫っすか?」「あ、大丈夫っす」が連発されるペタペタ平板なセリフ回しが突如としてバイブス出しだして、グルーヴぐるぐる、カット変わった瞬間に説明無しにだけど鑑賞者の誰もがハマるネタ的セリフをぶっ込んできたり、タランティーノ会話劇を彷彿させる盛り上がりを作ったりと、なんとも緻密で豊かなオリジナル脚本。素晴らしい。

 

サブカル意識高い系の毒もきちんと描かれてあり、下北沢の魅力を伝えながらも聖地信仰に陥ることなく、私にはとても居心地のよい作風でした。何よりオラオラした人やウェーイが殆ど出てこない、出てきても愛らしいキャラに仕立ててあるのが気持ちいい。そんななかでこれまで観たどの恋愛ドラマの男子よりも淡白で行儀の良い主人公荒川くんが非常に現代的で新しいハードボイルドを提示していると思うのです。「マッチョよさらば」!

 

お客さんが自分も含めて4人と少なかったので、思う存分笑って泣きました。今年ナンバー1の予感です。

 

【気をつけて書いていますが以下、ネタバレ危険】

もう、導入部分の別れ話からしてタダ事じゃないです。あの「土俵に乗らないことで負けを認めない」恋愛敗者の詭弁!痛々しくてそして可笑しい。そのモードで非モテ前半パートは空回りと気詰まりの空気をパンパンに満たしてきて鑑賞者を引き込んでいきます。主人公の荒川君の人と話すときのちょっとしたクセが本人から説明されるのですけど、そのせいでずっとハラハラしっぱなし。「アレやるなよ、やんなよ!」って。志村かよw

 

もう私は完全に荒川くんに同化しちゃいました。

 

そう、この映画の前半部分は下北沢でふわふわと生活する荒川くんの視点へ誘導するように彼の周辺に起こることが描かれていて、基本的に荒川くんの知らないことは鑑賞者には知らされません。そこにこの映画の後半に効いてくる一番大きな仕掛けがあります。そしてさらに荒川くんに感情移入する鑑賞者へ感傷的な人間のそのくせ移り気な視線を持たせるのです。世の中には素敵な異性が多くて、思わせぶりが多い!そのどれもがメインストーリーにつながりそうで鑑賞者もふわふわと漂ってしまう。そして本命っぽい線は「お前、分かってんだろ?!、俺がお前のこと好きなこと!」のネタでバチーン!と切断する。はわわわわ、あん時のあれがまた目の前で!(爆笑)もう巧い、巧すぎる!

 

そんな映画のモード、つまり荒川くんの非モテパートが切り替わるのが自主制作映画のスタッフの一人である城定イハとの固定ショットの長いダイアローグ。ここで荒川くんは自分の心情を俯瞰して語る。メタ認知のステージに行くわけです。これが直前にアマチュア役者として自主制作映画に出演し、演技ができず緊張でガチガチになった「自意識過剰」のシーンの直後に来ることに意味があると思うのです。

 

荒川くんのモテ要素は常に自意識過小の状態にある。まるで下北沢の街に同化しているかのような荒川くんは、周りの出来事にオタオタしながらも悔しいが格好いい。それが失恋を乗り越えようと空回り、自意識過剰のステージを経て自分と向き合うことを何人かの魅力的に配置された女性や友人達に助けられて、ナチュラル荒川くんに回帰していく物語なのだと思います。ギターのシーンはその象徴なのでしょう。ちなみにあのシーンには『マリッジ・ストーリー』へのオマージュを感じました。

 

荒川くん本人がナチュラル荒川くんへ変遷していくその過程で「勘違い」と「思わせぶり」が回収されていきます。この映画で会話の面白さに並ぶ魅力はここでしょう。一番好きで美しいと思ったのは中華料理屋さんの店内のあの横顔のシーン。荒川くんの記憶の吐露に振り返るラーメンの彼女の映像がシンクロしたときのあの甘酸っぱさといったら・・・。あのカット割りと時系列のつなぎ方はシビレました。さらに自分を俯瞰しフラれた彼女への思いを整理・再認識するそのシーンで荒川くんと会話を重ねた城定イハがラスト付近で古着屋を訪れ荒川くんを見つめる視線の意味は、ナチュラル荒川くんの魅力を表すものだと思います。

 

そんなニクいあんちくしょう荒川くんの「モテ」を同性として嫉妬せずに肯定させ納得させる要素というのがやはり大事です。僕はそれが「真面目さ、礼儀正しさ」にあると思っていて、古書店員の田辺冬子と留守電がキーとなるあのプロットがそれを描いていると思いました。吹き込んだ自分の留守電を伝えたい相手が再生して聞くところに立ち会うなんて、なんともドラマティックなシーンです。そして言葉選びが相変わらず上手とは言えないが誠実さがにじみ出る謝罪。さらに撮影の準備を真面目にしていた荒川くんの手伝いをした田辺冬子が出演シーンをカットした監督に食ってかかる場面。それらは淡白ふわふわ荒川くんの人格に一本背骨を通す役割を持ったシーンだと感じました。

 

そして最後に冷蔵庫から食べるアレ。時系列を円環にはできないけどもそれを感じさせる大事なキーアイテムでした。私がこの映画に『パルプ・フィクション』を感じるのは会話演出とこの脚本の構造です。さらに言うと、この映画は何度か食事やお茶のシーンがありますが、荒川くんと誰かが一緒にいて食べ物を口に入れるカットはここだけなのです。中華料理屋の荒川くんはあくまで一人客ですし、古書店店長を知るカフェでも荒川くんは一人客。映研の打ち上げではお酒は口にしても食べ物は食べていないはずです。この居酒屋では逆にアウェー感満載。マスターのバーでも冷奴が荒川くんの手元にありましたが口に運ぶシーンはありません。最も尺が長い城定イハとの対話シーンはマグカップとお茶。ここらへんの演出は徹底しているなと思いました。福田里香著『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』によれば、一緒に食事を摂ることは親愛の人間関係の表れであるし、不揃いのマグカップはリラックスと打ち明け話のサインなのだそう。

 

映画が終わり劇場の廊下を歩きながら、私は神戸元町を思い出していました。荒川くんくらいの年齢のころ、私はイケてるサブカル青年になりたくて神戸元町や界隈のクラブに行ったりレコードショップに行ったり音バーで遊んだりカフェ巡りをしていました。その時は荒川くんや今の自分ほど読書家ではありませんでした。私は音痴だし、ギターも弾けないし、荒川くんほど真面目でも礼儀正しくもありませんでした。だけどもこの映画を観て一番羨ましかったのは、荒川くんが下北沢のメンバーシップを獲得していたことです。私は街の一員になりたくてなれなくて、もがいていました。

 

 

 

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