ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

映画『帰れない山(LE OTTO MONTAGNE)』(イタリア/ベルギー/フランス)

監督:

フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン

シャルロッテ・ファンデルメールシュ

出演:

ルカ・マリネッリ(ピエトロ)

アレッサンドロ・ボルギ(ブルーノ)

フィリッポ・ティーミ(ジョヴァンニ)

エレナ・リエッティ(フランチェスカ

 

【ネタバレ有り】

 

 とても個人的でささやかな、素晴らしい映画でした。映画的な広がりや情緒的な深さが無いという意味では全くなく、小さな愛すべき傑作です。「小さい」と感じたのは4:3の画角のせいかもしれません。山を捉えたその構図の中に人物をしっかり据えるために選んだ画角だと監督がインタビューに答えていますが、それはこの作品の風合いにも大きく影響していると思います。本作と同じく雄大な自然の中に美男子二人を配した『ブロークバック・マウンテン』(16:9ワイド)には埋めがたい寂寥感が画面に漂っていたのと対照的に、本作では主人公青年二人の友情が4:3の画角の中で、丁寧に、だけどもべったりとしない距離感で美しく語られています。

 

 “Monte Rosa(モンテ・ローザ)”と呼ばれるイタリア北部のスイスとの国境付近にそびえる4,000m級の山群が舞台です。そんな山々のある土地の一角をルカ・マリネッリ演じるピエトロの父親ジョヴァンニ(フィリッポ・ティーミ)が購入していて、ピエトロの親友ブルーノ(アレッサンドロ・ボルギ)がジョヴァンニとの約束を守るためにその土地に山小屋を建てるという前半のメインプロットを軸に、青年二人の友情とピエトロの父親を含めた3人の親密で且つもどかしいくらい離れ離れの人生の文(あや)や、それでもお互いを直接的、間接的に思いやる慈愛に満ちた関係性が描かれます。予告編や宣材写真に登山の様子が多く見られるために登山映画なのかと先入観を持っていましたがエクストリームな山登りの話はほとんど無くて、ざっくり説明すると「こんなところに『ポツンと一軒家』」的な「廃虚と化した山小屋を男二人でリノベーションしてみた」という題材の、非常に日本人が好きそうな映画です。主人公青年の二人が協力して山小屋を立て直す一連のシーンはとても心躍る本作の山場の一つだと言っていいでしょう。

 この物語を切なくも魅力的にしている大事な要素でありストーリーテリングの巧さである点が、主要登場人物3人の「決して全員が揃わない」その離れ離れの人生の文(あや)だと感じました。父親ジョヴァンニは息子ピエトロの親友ブルーのとの登山によってそこにいない息子と対話し、息子ピエトロはブルーノと山小屋を建てることで父親の想いに近づく。ピエトロとブルーノはピエトロの母親経由で間接的にお互いの近況を知る。どれもまどろっこしいと感じるような関係性なのですが、それはこの映画の「家族であったり親友であったりしても、物理的な距離が離れたり、気持ちが離れたりすることもある」という一貫しておおらかな人間観の現れであると思います。離れ離れになった経緯やその状況を残念に思わないではないけども、かといってそのきっかけについて誰かを断罪するような脚本にはしていないのです。ピエトロは親友ブルーノが自分の知らない間に自分の父親と親交を深めていたことに嫉妬する訳でもなく、とても謙虚にそこを手がかりに父親の存在を手繰り寄せようとします。特に山頂のノートを何度も読み返したり、登山ルートの色を変えてなぞったりするシーンは、大好きな横山秀夫クライマーズ・ハイ』のハーケンのエピソードを彷彿とさせて胸に迫るものがありました。

 

全体を通してとても静かなトーンの映画です。時代背景や内容は全く異なりますが映画のテンポがバーツラフ・マルホウル監督の『異端の鳥』にとてもよく似ていると感じました。たゆたうように流転するのです。『異端の鳥』では川の流れをモチーフに主人公少年の境遇や舞台を流転させていきました。そして本作では、画面奥に山を据えて主人公二人の関係性を変化させていくのです。近づいたり離れたりといった明示的なものでもなく、一度は仲違いしたがいずれ仲直りしたという単純なものでもありません。作中に2つとしてピエトロとブルーノが同じ関係性でいるシーンは無いと言っても過言でもないでしょう。焚き火を挟んでピエトロはブルーノに「お前と夏を過ごせればそれで良い」と言い切るのですが、その後、数シーン進んだところでネパールに恋人を作ってイタリアから離れています。もちろんこの脚本ではそんな態度を軽薄だとか不実だといった描き方をするのではなく、「人の人生は当然そういうものだ」という風です。流転するもんだ、と。人の亡骸についての描写にもそれは現れていて、例えば『マークスの山』や『神々の山嶺』では人の亡骸は凍ってしまい、その人の時間の停止を暗示します。ところが本作の人の亡骸は鳥に食べられて、死後も姿を変えていくところを描写されるのです。本人の望むように山に帰っていくのです。

 

基本的に前知識無しに気になった映画をふらりと観に行くことが多いので本作もその例に漏れず世界的なベストセラー小説が原作にあることを知らないまま劇場での鑑賞となりました。多読というほどではなくともそこそこの本好きを自称する私ですが、その原作小説『LE OTTO MONTAGNE』という作品を寡聞にして知りませんでした。世界は本当に広いですね。優れた文芸作品は世界に星の数ほど有り、そしてこれからも生まれ続けるわけで、映画でも音楽でもそれは同じです。自分の人生が有限であることに絶望するか、この航海が果てしないことに高揚を感じるか・・・。ちなみに「8つの山」という意味の原題から離れて『帰れない山』という邦題にしたのは、大成功だと思います。小説の方は読んでおりませんが、映画を観た感想としてはストンと腹に落ちる非常に良いタイトルだと感じました。作品を鑑賞した方にはこの「帰れない山」の意味というのは、あなたにとって「帰るべきだが辿り着けないところ」なのか「様々な事情やしがらみのせいで抜け出せないところ」なのか、どちらの意味だと感じられたか是非少しの間考えて欲しいと思いました。