ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

ジェイソン・レナルズ『エレベーター』早川書房

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『ベルリンは晴れているか』で大ファンになった深緑野分氏が推薦ということで全くの前知識無しに購入して読んでみました。てっきりクライムノベルかハードボイルドかと思っていましたが(おそらく翻訳の青木千鶴氏が『用心棒』も担当していたからそのイメージだと思いますが、なんなら『用心棒』を買ったつもりでいたかもしれない)、ページを繰ると良い意味で期待を裏切る驚き。
なんと全編ポエトリースタイル。
しかも下るエレベーターの中「だけ」という特殊設定。いるはずはない登場人物たち。非常にタイトな時間進行。
かといってトリッキーかというと全くそんなこともなく、ピンピンに研ぎ澄まされた言葉がタン、タン、タタンと銃弾みたいにこっちに飛んでくる。撃ち抜かれる。
だけども、これこそこの作品の最大の美徳で有り魅力なのでしょうがジェイソン・レナルズの言葉には愛が溢れている。その言葉で描かれる情景は残酷で許しがたいものであっても、私にはしっかりと「誰か」に向けられた作者の愛を感じられました。だからその言葉に撃ち抜かれても出るのは血じゃなくて涙。ヒリヒリとした切迫感よりも、どうしようもない怒りを優しくなだめられているような読書感が続きます。
過酷さの中にある愛情の表出で思い出すのが、深緑野分『ベルリンは晴れているか』のP.110にある主人公の父親が主人公に対して多様性の重要さを説くシーンです。ナチスが台頭するファシズム体制下においても、障がいを持つ隣人少女に対して優しくありなさいと教えるシーンでした。氏が推薦文を寄せているのも本作に作家として共感するメッセージがあったからなのでしょう。
読書感で言うと一番似ているのと思ったのはフランク・パヴロフ『茶色の朝』でしょうか。とはいえ、やはりこの作品の読書体験は唯一無二と言っていいでしょう。本作の紹介には「サスペンス」という言葉も使われています。私が読んだ印象としてはサスペンス要素はあまり強く感じませんでしたが、時間空間の移動と主人公の決断、気持ちのゆらぎの描写には十分にそのジャンルとして楽しめる密度があります。
本作はそのスタイル故にページ数に比してテキスト量は多くありませんから、4~5時間くらいで読めてしまいます。
だけど私はこれを何度か読み返すでしょう。
次に読み返した時、最後のページのセリフが自分の脳内にどんなトーンで再生されるのか。
映画『アメリカンヒストリーX』『灼熱の魂』『ブルー・リベンジ』『ドゥ・ザ・ライト・シング』・・・色々な映画が思い出されます。自分はこの本を次に読み返すときに「暴力の連鎖は断ち切れる」と信じていられるのか、それとも冷笑しているのか、絶望しているのか。