ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

松居大悟 監督『 ちょっと思い出しただけ』主演 池松壮亮、伊藤沙莉

"Нет войне"

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 21時スタートのレイトショーでこの作品を観終わったあと、劇場のある大型ショッピングモールからの運転の帰り道、雨の照り返しで見にくいアスファルトの中央線をたどりながら車内で一人「うわー、うわー」と独り言を言っていました。うまく説明できませんが、偶然に古い友人に出会って心置きなくおしゃべりをした帰り道のような高揚感。自分にぴったりの洋服を手に入れたあとのようなとっておき感。そんな気持ちが湧き上がってきて、とても幸せなドライブでした。

 

 いや本当に面白かったです。映画を観るってこんなに楽しい。

 

 公開情報に載っているので敢えて触れますが、観る前に押さえておいて欲しい設定があります。この映画は池松壮亮演じる舞台照明スタッフの誕生日1日の出来事を6年にわたって【一方向に遡る】構成です。私は全くの事前情報無しに観始めて混乱してしまったので少し残念でした。

 

 ジム・ジャームッシュの『ナイトオンザプラネット』を引用しながら、『パターソン』の定点観測にもオマージュを捧げつつ、切なくて愛らしいギャスパー・ノエ『アレックス』(愛らしい『アレックス』なんて有りえませんが)を撮ってみた!という作品です。

 

 主演の伊藤沙莉は声優参加も含めて初めての鑑賞作品でした。破壊力のある俳優ですね。私はあまり天真爛漫キャラというのが好きではないのですが、本作の彼女はタクシードライバーを勤める職業人としての姿から入ったせいかとても好感できるキャラ造形になっていました。笑いを誘うぶっ飛んだ奇矯な行動も、ストレートすぎる池松壮亮演じる照夫への愛情表現も、こじらせた怒りの演技もどれも良い。だから照夫とちちくりあってるシーンにも拒否感なくその痛々しさ込みで愛おしい目線で応援できました。彼女の演技ではなかったら「なんで金払って他人のイチャイチャ見なあかんねん!」と嫌気が差したかもしれないシーンがいくつか有りましたが、それまでに「大人の彼女」がぐっとのみ込んだ苦悩を上手に見せられているので嫌な気分にならない。その脚本も上手だと思います。時間逆回しの妙技。

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 池松壮亮は『よこがお』のときの喋り方がすごく苦手であまり好きな俳優ではなかったのですが、なんとまぁ好青年ではないですか。どっちが好きかと問われれば『街の上で』の若葉竜也の方に分があるかなぁ・・・と思いますが、そこは完全に私の好みの問題。とても良い演技でした。冷静に考えれば時代劇『斬、』であれだけ鬼気迫った演技をしていたのですから『よこがお』のあの若者喋りが演技であることは分かりそうなものですが、それにしてもイライラする喋り方をしていたんです。凄い演技力ですね。この作品でもアドリブなのか自由度の高い演出方針なのか、いまどき男女の活き活きとした掛け合いを伊藤沙莉と繰り広げています。笑いに振ったシーンも、気まずくて仕方がないシーンもそれぞれ素晴らしかった。

 

 上述二人のメインストーリーに加えて、おおよそ3本のサイドストーリーが走っているのですが、それぞれがとても味わい深いです。

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 永瀬正敏は『パターソン』のときよりずっとこっちの方が良い!本当に切なくて愛おしい役柄を演じていますが、それでも、登場したときは『淵に立つ』の浅野忠信を観たときみたいにギョッとさせる存在感が素晴らしいです。さらに國村隼演じるバーのマスターも作品全体に締まりとホッコリ感を同時に与えていてベテランらしい良い仕事です。順回しの方向でハッピーで多様性に富むラブストーリーを届けてくれます。そして作品のインスピレーションとなった楽曲を作り、作品にも提供しているクリープハイプ尾崎世界観。こちらも逆回し、順回しを非常にうまく使った良い味の脇役に配されています。ここの脚本も上手だなぁ。

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 かなり緻密な脚本の構成で魅せる素晴らしい映画でした。でもそれがあざとく感じたり、わかりにくくて鑑賞者が置いてけぼりになったりしないのは丁寧な脚本に加えて、心情を明確に表現できている俳優陣の上手さが大きいと思います。これまた大好きな『街の上で』とも全く違った方向性で街や人やケーキを描いた本作。2月時点ですでに今年のベスト3に入るのは確実視される名作でした。

 

 やっぱり劇場に足を運ぶって良いもんですね。