イ・ビョンホン(『甘い人生』『悪魔を見た』が大好きです)観たさに劇場に向かいましたが、非常に満足度の高い映画でした。なんと言いますか・・・「強い」映画です。エンタメ要素はほとんど無いといっていいでしょう。目を惹くようなアクションもほとんどありません。朴正煕(パク・チョンヒ=パク・クネ前大統領の父親)暗殺事件という史実を扱いながら公表されている事実の隙間の新解釈というのが本作のウリの一つのようです。私は全くの不勉強だったので映画で語られるままを素直に追いかけましたが十分に楽しめましたし、脚本の取ってつけた感や飛躍もほとんど感じず、「新解釈」の部分のほとんどがイ・ビョンホン演じるKCIA部長キム・ギュピョンの心情の移ろいであると推察すると、作品の企画は大成功だと思います。
この朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を演じるイ・ソンミンが嫌らしいくらいに上手い! さすが『工作 黒金星と呼ばれた男』で北朝鮮側の外渉所長を演じてバッチバッチの心理戦をやってのけていたイ・ソンミン。彼がね、上目遣いに画面を睨めると菅義偉に見える瞬間があるんですよ、冗談抜きで。そして劇中に3回出てくる超毒キラーフレーズで「空気の支配」を行使する糞ブラック上司ぶりを徹底的に演じ抜いていて不愉快きわまりない!(褒めてます) 私も実生活で「期待してるよ」という空手形て部下のやる気の搾取を試みる管理職は避けて通るようにしています。直属になると本当に不幸ですけどね・・・。
本作の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は「さすがにもう疲れてるんだけど、自分の保身=殺されないためには全ツッパの強権姿勢を示さなきゃならないからな・・・」っていう昔イケイケのおじさんの悲哀も上手に描写されていて、その心のスキマにすり寄るのがイ・ヒジュン演じるクァク・サンチョン警護室長。まぁこいつがヒラメ社員の典型みたいな言動はするし、自分アピールのためには人民は戦車で轢き潰せ的なことは平気で進言するわ、公の場でライバルを貶してマウントを取るでわでとんだクソ野郎なんですけど、「いるいる、こういうイキったおっさん!」っていうくらいネトウヨ的言動を形態模写していて『葛城事件』の三浦友和と並べて額に入れて飾りたいくらいです。特に酒席での難癖の付け方なんかは最高です。「いや、そういう会話の流れじゃないし・・・」というところもグイッと掴んで引き寄せてイ・ビョンホンをディスります。最低です。
そんな不遇に耐え忍びながら革命時の理想を追いかけ、職務に勤しむイ・ビョンホン。いつもの役柄よりは少し体重を増やして、演技でも髪をなでつける仕草を何度も見せるようにビチッと決めたヘアスタイルの、私からすると銀行員にしか見えない風体のイ・ビョンホン。114分のこの作品中、彼の表情を観ているだけでチケット代を払った値打ちはあると思いました。体重増やしたのももちろん狙ってのものなんでしょうけど、それが裏付けるようにクライマックスシーンの彼のモタモタっぷり!小道具のトラブルもですが、え!? 本気アクシデント?というあの一瞬・・・。元軍人のスパイのエリートが一介の役人になってしまった現実をまじまじと見せつける長回しのシーケンス。私が世の中にごまんといる給与所得者としてこの映画に共感している理由をはっきり理解した場面でした。
ここまで延々と書いて最後になんですが、実際のところ私がこの映画を観ていて一番興奮したのは登場人物たちのワイシャツのテクスチャや袖の折返しの質感やシワの寄り方でした。めちゃくちゃいいもん着せてるというよりも、映画に映(は)えるように非常に考えて選んでいます。マシュー・マコノヒー『リンカーン弁護士』、ロバート・デニーロ『マイ・インターン』、『True Detective 2』のヴィンス・ヴォーンなどなど私の好きなスーツの着こなしが出てくる作品は他にもありますが、ワイシャツがこんなに濃厚に絵に移っている映画は初めてです。
良い映画でした。錦糸町のTOHOも駅からすぐのいいところでした。