ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

映画『タレンタイム~優しい歌』ヤスミン・アフマド監督

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 マレーシア映画です。参加している映画グループでオススメされていたので鑑賞したのですが、素晴らしかった!噂通りの美しい映画です。


 マレーシアが舞台ですが、まったりとした異国情緒を押す映画ではありません(私はもともとその先入観を持ってしまっていました)。多民族国家のマレーシアで、民族や信仰の違いによる壁や差別意識そしてその融和を背景に描かれる、タイトルにもなっている「タレンタイム」と呼ばれている或る高校で開催される音楽コンクールを目指す登場人物たちのアンサンブルドラマです。エンターテイメント要素や笑いもしっかり盛り込まれた傑作だと思います。


 歌もダンスも良いのですが、そこらへんの演出自体はあっさりとしています。ハリウッド的な天丼盛り上げはやりません。私の印象としては安心と信頼のヒュー・グラント印の一連の映画(『ラブ・アクチュアリー』『アバウト・ア・ボーイ』など)と似た演出と人物配置でした。


 この脚本の内容で歌と踊りと恋という題材を扱えばもっとベタな映画になるかと思いきや、俳優達の素朴さとバッキバッキに決まっているカメラで脂っこさは一切なし。逆に野暮ったさが出るかといえばそれもない。なにせ、シーンごとの構図とそこで展開する芝居の密度が高くて「ほわーーー」っと声が出るくらい。この感覚は『マリッジ・ストーリー』(アダム・ドライバースカーレット・ヨハンソン)以来の体験。

 誰も居ない教室の照明、生徒の授業を受ける姿から教師間のコミカルなやり取りで「タレンタイム」という音楽コンクールを映画の中に浮かび上がらせるこの導入部分は最高です。映画的に非常に上質だと感じました。こういうスキのない脚本演出で複数の演者をまとめるヤスミン監督は凄腕です。寡作な監督で、本作を最後に亡くなられてしまったことが惜しまれてなりません。


 最後に、脇役で眼鏡の痩せたちょいちょい笑いを持ってくるダンス担当の男の子がいるのですが、彼はどうしてもナポレオン・ダイナマイトを当て書きしたキャラに思えて仕方がないのです。大好きな役です。

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映画『空白』吉田恵輔 監督・脚本、古田新太、松坂桃李 主演

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【あらすじ】
はじまりは、娘の万引き未遂だった―。
ある日突然、まだ中学生の少女が死んでしまった。スーパーで万引きしようとしたところを店長に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれたというのだ。娘のことなど無関心だった少女の父親は、せめて彼女の無実を証明しようと、店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化し、関係する人々全員を追い詰めていく。(公式H.P.より)

 先週の日曜日に家から歩いて行ける映画館でかかっているのを知って、ふらっと観てきました。

 役者がひとり残らず素晴らしいです。浮いてる人が一人もいない。すごいことですね。もちろん、古田新太松坂桃李も良い仕事しています。寺島しのぶが役柄に対して少し美人すぎるのが難点なくらい。

 ダントツは片岡礼子さんでした。

 お葬式の場で古田新太と対峙するシーンがあるのですが、そこでの片岡礼子さんの口上の迫力たるや! 決して威勢の良い台詞ではありませんし、威圧的なものでも攻撃的なものでもありません。だけども、人の親として真に迫った、静かだけども素晴らしい演技をしていました。「そこまで背負わなくても」と思わせるまで鑑賞者を引き込むあのシーンは、本作のメッセージを構成する相当に重要なピースであると思います。お恥ずかしながら『ハッシュ!』で認知して以降、『犯人に告ぐ』『外事警察』『ラーメン食いてぇ!』を観ているのに印象に残っていないので、改めて『愛がなんだ』『Red』あたりで勉強しなおさなきゃと思いました。話を戻すと、片岡礼子さんのそのシーンだけでチケット代の値打ちがあります。

 それに古田新太の漁師の弟子役を演じる藤原季節、彼の素直で真っ直ぐな演技がよい。この映画の救いでもあります。彼の配役が無かったらこの映画はとんでもない泥仕合になっていたでしょうね。

<ここからネガティブコメント>
 いい映画・・・なのですけど私のフェイヴァリットにならないなにかの要素があるんだろうなと、鑑賞後にずっと考えていました。冒頭から私が画面の中で追いかけていたのは地銀の看板だったり、なにかしらこのロケ地が日本のどこだということを判別できる手がかりでした。冒頭の漁のシーンが良く描けているので余計に気になります。中盤以降、それが愛知県蒲郡市であることはおおぴらに作中で示されるのですが、それまでにどうも尻の座りの悪い印象を拭えないのです。
 作品の絵がなんとも言えずニュートラルなのです。無味無臭と言いますか。
 そこが、例えば『岬の兄妹』とは全く違う。この映画は文脈の固定を敢えて避けているような。
 同じことが古田新太の台詞回しにも出ていると感じました。松坂桃李の役柄であれば大学進学後にどこかに就職し、Uターンして家業を継いだというのを容易に想像できるので台詞回しのクセの無さも分かるのですが、三河地方で漁師をやっている古田新太の役があんなにキレイな喋り方をするはずがない、と宮崎県日向市の漁師町で育った私は思います。
 別に三河の土着性をリアルに出せと言いたいわけではないのですが、この作品全体に漂う「無味無臭感」がどうしても気になるのです。
 それはさらに古田新太のモンスター演出にも出ているように思われます。
 どうしたって『葛城事件』の三浦友和や『ビジランテ』の大森南朋には本作の古田新太は敵わない。『震える牛』の古田新太を強烈に覚えている私にはそこが気になって仕方がないのです。
 ではお芝居にのめり込まず、メッセージに焦点を当ててほしいのかと解釈すると、そこにも大きなハードルを据えられる脚本であると言わざるを得ません。隙間で狭く深く存在感を発信する作り方をしなければ、この設定及び脚本だと化け物みたいに良く出来た『スリー・ビルボード』と真っ向勝負になってしまいます。役者同士の魂の摩擦で角が丸まってお互い様よねという話の運びで『スリー・ビルボード』は絶対に喧嘩したらだめな相手だと思うのです。
 そこを比較対象にすること自体ナンセンスだという向きもあろうかとは思いますが、だとしたら「そこじゃないここで勝負!」の土俵際があまりにも曖昧だというの私の感想です。

ボストン・テラン著『音もなく少女は』文春文庫

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 9月30日時点で私の2021年文芸作品ナンバー1です(たいして数は読んでおりませんのに恐縮ですが)。いやはや・・・震えました。そしてほぼ一ヶ月と読み終えるまでの時間はとても長くかかりました(ボリューム自体は文庫版480ページです)。数ページをめくるごとに息継ぎをするように本を閉じて目を閉じて休まないと、この作品に掻き立てられた自分の感情に埋もれて溺れそうになるからです。

 もともと、馳星周『少年と犬』が直木賞を獲って話題になっている頃、私のなかで気になっていた小説は、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」にゲスト出演して本を紹介していた野良読書家集団Riverside Reading Clubがとりあげたボストン・テラン著『その犬の歩むところ』でした。早速『その犬の歩むところ』と、Riverside Reading Clubが『その犬の歩むところ』を読むきっかけになったという『音もなく少女は』を購入して、そのまま積んでしまっていたその2冊のうち表紙が気に入った『音もなく少女は』を先に読み始めました。

 翻訳はミステリを中心に膨大なキャリアを持つ田口俊樹氏。安心のブランドです。その田口氏の仕事も素晴らしく、翻訳作品ながらボストン・テランの文体が静かに炸裂していました。設定と世界観はハードボイルドで文体もそれに沿ったものではあるのですが、登場人物の心情描写や主人公イヴの撮る写真の描写にとてつもなく詩的で美しい表現が散りばめられて素晴らしいのです。暴力描写にスラング表現も有りながら、時折スイッチが入ったように、途端に神々しいまでの言葉の綺羅星が溢れてくる。信仰とその否定というテーマも織り込まれており、そこにも絶妙に呼応した生き死にや愛憎にまつわる結晶化した言葉の数々。本当に豊かな読書体験でした。

<あらすじ>
貧困家庭に生まれた耳の聴こえない娘イヴ。暴君のような父親のもとでの生活から彼女を救ったのは孤高の女フラン。だが運命は非情で……。いや、本書の美点はあらすじでは伝わらない。ここにあるのは悲しみと不運に甘んじることをよしとせぬ女たちの凛々しい姿だ。静かに、熱く、大いなる感動をもたらす傑作。(解説・北上次郎

 ・・・ごくごく単純化すれば、クソみたいな男達とそいつらが作った社会に抗う女性たちの連帯と悲痛な運命、愛と暴力の物語です。

 辛い、辛い、泣く、立ち上がる、戦う、辛い、辛い、打ちひしがれる、光を見る、戦う・・・。ケネディ大統領が暗殺された1963年前後の米国ニューヨークの貧困街で聴覚障害を軸に引き寄せられ絆を結んだ数人の女性の文字通り血の滲むような生き様が描かれます。

 フェミニズムが明示的に語られることはないのですが、これはフェミニズム文学の傑作と呼んでよいと思います。ディーリア・オーエンズ著『ザリガニが鳴くところ』が好きな方には是非読んで頂きたい! 恵まれない境遇の女性が学び、これぞという得意分野を持つことで社会と繋がり、ついには残酷なのに爽快なクライマックスを迎えます。『ザリガニが鳴くところ』が純文学との境界をゆらゆらと跨ぎながら最後までミステリプロットを隠し玉的にキープし続けたのと対照的に、本作ではオープンリーチのベタ足インファイトボクシング。それだけに導入分の仕掛けの回収とラストのドラマチックなこと! 鳥肌と涙と鼻水が一度に出ました。

 最後に、私がこの小説の真髄だと感じた一節を引用します。

『 イヴがそんな愛を交わしたいと思うのは、チャーリーには直接言えないことながら、感じているからだった――ミミにしろ、自分にしろ、フランにしろ、クウィーニーにしろ、男たちには誰も守ることなどできないと感じているからだった。もちろん、それをチャーリーやナポレオンのせいにするのは正しくない。彼らが悪いのではないのだから。しかし、心から愛する相手に、自分が知っている中で最も強かったのは女だなどとどうすれば説明できる? その女性といるときが一番安心できるなどとどうすれば言える? どうすればそのような考えを超えてこの愛する男にたどり着ける? この愛する男を傷つけることもなく、怒らせることもなく。傷つけたくも怒らせたくもないのだから。
 眠れぬ夜を過ごしながら、イヴは思った――そういった点でも自分はほかの女とどこかちがっている。しかし、それは自分のこれまでのおいたちのせいで、特別でたまたまのことなのだろうか。それとも、自分が思っているよりずっとありふれたことなのだろうか。ほかの女もみな感じ、知っていながら、あえて口には出さないことなのだろうか。』(P.344)

 ハードカヴァーで出版されていないのが残念なくらい大好きな作品になりました。

映画『ベイビーわるきゅーれ』阪元裕吾 監督

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 池袋シネマ・ロサにて口コミで盛り上がっている『ベイビーわるきゅーれ』を鑑賞しました。最近はすっかり引きこもっていたのと、前回スクリーンで鑑賞した『The Lighthouse』が辛過ぎて久しぶりの劇場になりましたが、評判通り満足度高い!


 いやー、面白かったです!


 企業として殺し屋を雇って仕事をさせている組織に属する女子高生殺し屋二人が、高校卒業を機に社会に適応するために賃貸暮らしを始めてバイトを探すよう会社から命じられる・・・という、設定的にはファンタジーのアクション・ブラックコメディなのですが、なんとも言えない味わいの独特の世界観を作り上げています。


 まず主人公二人は殺し屋なのですが、彼女らには切迫感や深刻さが一切ありません。殺しの仕事に遅刻しかける、弾倉を入れたままの服を洗濯機にかけてしまう、銃器の隠し場所を忘れる、現場で武器を落としてしまう・・・ここらへんの演出は「よくそんなので殺し屋が務まるな!」というツッコミを誘うのではなく、ハイティーン女性二人の人間味が微笑ましく、思わずほっこりしてしまう鑑賞者本人を「そのノリおかしいやろ!」という苦笑いの方に引き込んでいきます。


 殺し屋が主役のアクション映画なので、たくさんの人間が殺されて死体の山になっちゃうのですが、その死体の描き方に少し特徴があるなと感じました。ジョン・ウィックの流れるようなカメラワークが少ないので、死んだあともわりとそこに白目向いて横たわっているカットが多いなと思うのです。ドンドンパンパン次から次へフレームアウト・・・というリズムではないのですね。かといって『メランコリック』のようにはジットリしていない。「殺し」に対しての不思議な距離感です。これは本作全体を覆う「善悪の彼我にある、あっけらかんとした殺人行為」という味付けのために意識的に付けられた演出のように思えます。脱色し過ぎない絶妙の味わいのグロテスクさがあるのです。ここは学生時代から殺人映画を撮り続けてきた阪本監督の本領発揮なのでしょう。


 さらにこの映画の最大の見所はそういった殺人やグロといったエクストリームな描写と、あまりにもリアルなハイティーン女性の生活感や気だるさ、若さゆえあるあるな葛藤を並列で描ききるどころかそれらを強力に結びつけて、「同じ人格の少し角度の違う見え方」くらいのさり気なさでパッケージしちゃったところだと思います。プロの殺し屋がそのだらしなさで仕事で失敗するわ、止むを得ないとはいえ私情でヤクザにカチコミかけるわ、報酬無しの大量殺人に同僚を巻き込むわ、もうめちゃくちゃ。
 でも、そこが良いんです!あり得ない設定にあり得ない脚本に、心の底から感情移入できる主人公二人の日常ともがくような心象風景。これは観た人でないとなかなか伝わらないと思うのですが、『メランコリック』の脆さや危うさを後ろに感じさせる多幸感溢れるエンディングとも違う、瑞々しさに溢れた爽やかな映画体験でした。


 肝心のアクションですが、私は100点をあげてもいいと思います。素晴らしかったですね。私は『RE:BORN リボーン』『狂武蔵』の坂口拓アクションがあまり好きではなくて・・・(冒頭のコンビニ面接からの格闘シーンは明らかに『RE:BORN リボーン』のオマージュに見えますが)。この映画の格闘シーンは実戦にありそうな不細工なバタバタも有り、アップやカットでごまかさないカメラで、何が起きているのか、戦っている者同士が次に何を意図して動き出すのかがきちんと伝わってくる撮り方をしていて物凄く好みです。ソダーバーグ監督『エージェント・マロリー』の格闘シーンにもう少しケレン味を加えたような印象でした。アクション監督の園村健介氏はパトレイバーメタルギア、バイハザなどのドラマ・ゲームのアクション監督を務められた方で、絵的な派手さよりも文脈を大事にする私好みの格闘シーンを作られる方のようです。
 なにせ現役スタント俳優の伊澤彩織のぶっきらぼうな佇まいが総合格闘家浜崎朱加選手にそっくりでひと目惚れしてしまいました。渡部役の三元雅芸とのクライマックスの格闘シーンは本作の白眉です。カッコよかったなぁ・・・

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 バイプレーヤーとしてはお掃除屋さんとして呼びつけられる田坂さん役の水石亜飛夢が最高でした。本作ナンバー1のシーンは主人公役の髙石あかりとの掛け合いです。仕事をしてたら絶対こういう人いるっていうキャラ造形に、なぜか渓流釣りの出で立ちでランディングネットをぶら下げている・・・管釣りで遊んでいるところを急に呼び出されたのか、機嫌があまりよろしくない。そして、プロの殺し屋に仕事の事で上からの説教をするところなんか最高です。今年の脇役ナンバー1は『ビルとテッドの時空旅行』に出ていたアンソニー・キャリガン演じるフリーザみたいなポンコツ暗殺ロボット「デニス・ケイレブ・マッコイ」でしたが、彼を超えましたね。『黄龍の村』では主演のようで、楽しみです。

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 最後に、本作のメッセージについて感じたところなのですが、ラバーガール大水洋介演じるコンビニの店長、本宮泰風演じるヤクザはいずれも、主人公二人が対峙する「世間」を代表するおっさんです。そしてシャレがわからずキモくてウザい。主人公二人の居心地良い世界に踏み込んでくる不愉快を象徴する男性達です。本作では主人公二人がたまたま殺し屋なので暴力と銃で痛快な仕返しをやりとげますが、現実ではなかなかそうもいきません。だけども、ラスト付近の伊澤彩織の自分を許して肯定する述懐に触れたときにはたとあの印象的なイントロの妄想シーンを振り返って、我々は我々の大事なスペースを守るために心の中で取りうる手立てはいろいろあるぞ、フィクションの暴力を弄ぶ自由を失うな、なんて言われているのかなとニヤニヤしながら映画館をあとにしました。

 

 池袋シネマ・ロサ、素敵な映画館でした。

 

 

 

映画『デッド・ドント・ダイ』ジム・ジャームッシュ監督

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Amazonプライムで鑑賞しました。

とてもじゃないですけど素直に丸呑みできる脚本じゃないです。キャスティングを決めてからそれぞれの俳優にあて書きしたようなストーリー。不条理とも破綻とも言えないよく分からない味わいでした。

映画として、脚本としては、とてもジャームッシュ作品『パターソン』やコーエン兄弟の『バーン・アフター・リーディング』を超える評価はできないですけど、それでも配役と役者の演技には代えがたい価値のある映画です。

ビル・マーレイアダム・ドライヴァーティルダ・スウィントンクロエ・セヴィニースティーヴ・ブシェミダニー・グローヴァー・・・好物しか出てないくらいの勢い。私は『コンステンティン』で大好きになったティルダ・スウィントンが期待を裏切らない気味の悪さと切れ味を存分に発揮してくれて、彼女の活躍だけでこの一本は楽しめました。

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ビル・マーレイアダム・ドライヴァーの掛け合いはもちろん最高ですが、今まで見たことのない人間臭い、ちょっと鈍くさいクロエ・セヴィニーがそこに加わって、彼女の可愛らしさが際立って素敵でした。

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ゾンビ映画なのに登場人物たちがわりとすんなりと現実を受け入れる奇妙はテンションや、パニック・アクションがありながら全くテンポを上げないストーリーテリング、キャラ造形やステレオタイプ通りのオチが付くかと思えばふわりとそれを外したり、とにかく変な映画です。

本作に出演もしているスティーヴ・ブシェミが監督した『リターン・トゥー・マイ・ラヴ』に似た、「外して、外して、ストーリーを進める」リズムに良く似ていたなと思いました。

映画『ザ・ファブル』江口カン 監督、岡田准一 主演

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 酷評が目についていたので映画版はスルーしていたのですが、コミック原作がとても気に入っているので映画版を鑑賞してみました。

 これ、過小評価だと思います。面白かったです。前半のところで「命とは」の問答を安田顕岡田准一でやりとりする大事なシーンが唐突だった(そこまでのインコの掘り下げが足りない)ところとかコミック原作をなぞりすぎてファブルの上手下手絵や職場の同僚の隠し撮りの件は蛇足だろうとかのいくつかの難点はあるものの、全体的にはやりたいことはしっかり伝わってきました。

 冒頭、遠慮なしの『ブラック・レイン』『キル・ビル』押井版『GHOST IN THE SHELL』オマージュの畳み掛けから「Killer Soundboy (DJ B=BALL Remix)」のブンブンデジタルサウンドに乗せた銃撃乱闘シーンもノリノリでカッコよかったです。ただ、ファブルの背後の壁に人の形を避けた銃痕がつくルパン三世風演出は余計でしたが。あれではファブルの技術や特殊な能力の納得性が台無しになって、ただの主役=無敵設定に見えてしまいます。

 福士蒼汰コンビ登場、そして発砲シーンからの挿入歌「帰路知らず」は明らかに『パルプ・フィクション』の場面転換演出を引いていて、その直截さも私にはかなり楽しめました。曲そのものもパルプ・フィクションのThe Revels「Comanche」に寄せて作曲されています。

 仕事の後、証拠となる銃身(バレル)だけを海へ捨てて、その沈むバレルを水中に追いながら何本もの過去の仕事で使ったバレルを見せてオールディーズ風挿入歌「You Threw My Heart Away」を被せてオープニングタイトルに入るのも、Netflix『アーミー・オブ・ザ・デッド』の超秀逸なイントロスローモーションに通じる今どきハリウッドアクション風のナイス演出だと思います。

 ハリウッドと言えば安顕のハコスカを借りてケツを振りながらガレージから飛び出す様はジョン・ウィックそのものですし、隠れ家で拳銃の銃身を自作するシーンは風俗トラブルで自滅するヒットマンジョージ・クルーニーが演じた『ラスト・ターゲット』でのイタリアの隠れ家で仕事用のライフルを自作するシーンを彷彿させます。

 クライマックスのアクションシーンでは、岡田准一福士蒼汰のグレーチングを挟んだ上下の打ち合いシーンが印象的でした。ブレイクダンスをするように銃撃を躱しながらフロア下の福士蒼汰めがけて発泡する岡田准一を映すこのシーンは、アクションシーンでよく使われる工場などの足場のスカスカ感の怖さを上手く突いてると思います。このアクションシーケンスが私にとっての本作ベストでした。

 途中のストーリー部分も実力のある役者を無駄に散りばめたおかげで鑑賞を挫折するほどの大失敗をせずにつながっていると思います。江口カレン監督は「これがやりたい!」とアイディアがある脚本にはとても密度の高いシーケンスを作る才能があると思うので、あとは全体的なストーリーテリングがこなれてくればとても楽しみな監督であると思いました。

角幡唯介 著『極夜行』文藝春秋

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 さすがの面白さでした。

 著者本人がやり遂げた極地探検が桁外れな題材なのでそれはもう面白いに決まっています。しかもその探検家は元新聞記者で読ませる文章を書くものだから極上探検紀行になっています。クーラーの効いた部屋でアルコール片手に極寒の極地探検ノンフィクションを読める幸せ・・・。


 もう少し極地探検に関する技術論が多いのかなと思ったら、光が無さすぎて狂気の狭間に迷い込んだ人間の、モノクロームの中でのモノローグの話でした。


 真っ暗だと人間はどうなるか。


 光が無いと物の輪郭が無くなる。そうすると、物の区別が無くなるから概念上で物の区別をすることが出来なくなる。そうすると、言葉が役に立たなくなる。

 だとか、

 光があるから世界が見える。世界が見えるから行動予測や、行動計画ができる。世界が見えなくなれば予測や計画が出来なくなる。そうなると未来が無い世界に閉じ込められることになる。極夜に身を置くと言うことは希望がなくなるということである、

 という、ただのハードコアなエクストリームノンフィクションにとどまらない非常に深淵な探検記です。

 程よくお下品で、程よくシリアスで、めちゃくちゃドラマティック。

 犬好きの方にもおすすめです。

 著者が極夜行にパートナーとして随行させるソリ犬がとってもキュートなんです。著者はこの犬を橇引きに白熊警戒に、そして精神的なパートナーとして大いに頼りにしながらも、行程が狂い食糧難に陥った時には生き延びるためにこの犬を食糧として計算に入れるというシビアさに胸が打たれました。

 生き延びるということは綺麗事じゃないと強く印象付けられました。


 自分が特に興味深く読んだポイントは二つで、一つはいくら探検家といっても極地で命の危険と隣り合わせでも自分の怠惰さや自堕落さと戦わなければいけないということです。非常に人間らしい葛藤が生々しく語られていました。そしてもう一つは光の無い世界で状況判断の材料が乏しくなると、人間がいかにバイアスや思い込みに支配されやすくなり、自己不信に陥るかということでした。

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 映画の冒険譚のように冷静に危機対応するなんて無理なんだろう。誰も聞いていない叫び声を上げながら、魂を凍えさせ震えさせながら生き延びようともがく、ただただ圧倒的にリアルな極地探検の物語でした。

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