ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

角幡唯介 著『極夜行』文藝春秋

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 さすがの面白さでした。

 著者本人がやり遂げた極地探検が桁外れな題材なのでそれはもう面白いに決まっています。しかもその探検家は元新聞記者で読ませる文章を書くものだから極上探検紀行になっています。クーラーの効いた部屋でアルコール片手に極寒の極地探検ノンフィクションを読める幸せ・・・。


 もう少し極地探検に関する技術論が多いのかなと思ったら、光が無さすぎて狂気の狭間に迷い込んだ人間の、モノクロームの中でのモノローグの話でした。


 真っ暗だと人間はどうなるか。


 光が無いと物の輪郭が無くなる。そうすると、物の区別が無くなるから概念上で物の区別をすることが出来なくなる。そうすると、言葉が役に立たなくなる。

 だとか、

 光があるから世界が見える。世界が見えるから行動予測や、行動計画ができる。世界が見えなくなれば予測や計画が出来なくなる。そうなると未来が無い世界に閉じ込められることになる。極夜に身を置くと言うことは希望がなくなるということである、

 という、ただのハードコアなエクストリームノンフィクションにとどまらない非常に深淵な探検記です。

 程よくお下品で、程よくシリアスで、めちゃくちゃドラマティック。

 犬好きの方にもおすすめです。

 著者が極夜行にパートナーとして随行させるソリ犬がとってもキュートなんです。著者はこの犬を橇引きに白熊警戒に、そして精神的なパートナーとして大いに頼りにしながらも、行程が狂い食糧難に陥った時には生き延びるためにこの犬を食糧として計算に入れるというシビアさに胸が打たれました。

 生き延びるということは綺麗事じゃないと強く印象付けられました。


 自分が特に興味深く読んだポイントは二つで、一つはいくら探検家といっても極地で命の危険と隣り合わせでも自分の怠惰さや自堕落さと戦わなければいけないということです。非常に人間らしい葛藤が生々しく語られていました。そしてもう一つは光の無い世界で状況判断の材料が乏しくなると、人間がいかにバイアスや思い込みに支配されやすくなり、自己不信に陥るかということでした。

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 映画の冒険譚のように冷静に危機対応するなんて無理なんだろう。誰も聞いていない叫び声を上げながら、魂を凍えさせ震えさせながら生き延びようともがく、ただただ圧倒的にリアルな極地探検の物語でした。

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