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映画『神々の山嶺 (いただき)』2021年フランス

映画『神々の山嶺 (いただき)』2021年フランス

小説原作:夢枕獏  コミック原作:谷口ジロー
監督:パトリック・アンベール

 ヒューマントラストシネマ有楽町で観てきました。劇場の特性なんでしょうか、大都会東京の映画ファンの裾野の広さ故なのでしょうか、アニメ映画にしては予想外の8割位の客の入り(162席シアター1)に老若男女の幅広い客層でした。

 結局のところは鑑賞して分かったんですが、これ、作品が抜群に面白いからですね。凄かったです。大満足。構想から7年の製作期間は伊達じゃないと思います。

 私自身はアニメ映画に特に思い入れがあるわけではなく、わりとまんべんなく楽しむ映画の1ジャンルというくらいの位置づけなので鑑賞本数もそれほど多くはないのですが、もしかしたら私のアニメーション映画のオールタイム・ベストになるかもしれません。

 美術的にスキのないバッキバキにキマった高次元な作画に、登山シーンなどに見られる緻密でリアルなアニメーション。ライティングも構図も非常に素晴らしい。特筆すべきは山岳シーンのダイナミックさ、視野の広がりと、東京の都会の風景やオフィス、居室の描かれ方に漂う生々しさに殺伐とした感じさえする静けさのコントラストだと思います。

 さらに脚本も最高。ミステリー要素が上手く配置されて、3つの時間軸の行き来がロケーションとドラマの展開を豊かにしています。孤高のクライマー羽生というとっつきにくい謎めいたキャラクターに、取材者・ライバル・弟分・先駆者という登場人物達との関係性を描くことで羽生の人間味と狂気を立体的に浮かび上がらせる、過剰さやあざとさを微塵も感じさせない上質なドラマでした。

 アニメーションで映画化したというのは大成功だったと思います。撮影演出やロケの制約がどうしても強くなる題材ですが、脚本と絵作りをきちんとコントロールできるパトリック・アンベール監督がその手腕で「実写映画化であるならば」のハードルを上手くキャンセルして絶品の作品に仕立てたと思います。鑑賞の翌日にこの作品の映像を思い出すと、なんだかアニメ映画じゃないようなリアルなイメージが脳内再生される不思議。

 フランスで製作されたフランス語のアニメですから、日本語版は吹き替えなんですよね。だけど主要登場人物は全て日本人なので吹き替えに全く違和感がない、まさに日本のスクリーンで楽しむのにうってつけの作品だと思います。羽生の声をやっている大塚明夫さん(「ワン・ピース」の黒ひげ、攻殻機動隊シリーズのバトー役)の低くて太い声を劇場の音響で聞くとなんと心地よく腹に響くか・・・。

 世界的なクライマー山野井泰史と山野井妙子によるヒマラヤの難峰ギャチュンカン登頂挑戦を題材にした沢木耕太郎『凍』を下敷きにした音声ドラマがあって、主役を三上博史がやっているんですが、これがとても良くできていて面白いんです。
https://spinear.com/shows/sawaki-kotaro-tou/
ポッドキャストSpotifyなどで無料で聴けるのでぜひお試しください。酷暑の日本がなんと天国みたいな良いところかと思えます。

 この音声ドラマがきっかけで山岳・極地冒険モノに興味が出ていくつか好きな作品ができました。角幡唯介 著『極夜行』文藝春秋 社、映画『ニルマル・プルジャ 不可能を可能にした登山家』(Netflix)、映画『THE DAWN WALL』なんかが好きです。映画の2本はけっこう爽やかでハッピーになれるのでオススメです。今回鑑賞した『神々の山嶺』はこの中でも間違いなくトップに入ります。

 手元にコミック版『神々の山嶺』を読まずに置いておいたので、今から読もうと思います。それが終わったら積読沢木耕太郎『凍』に手を付けましょう。

 私の、暑い暑い夏の楽しみ方。