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ジョーダン・ハーパー著『拳銃使いの娘』ハヤカワ・ポケットミステリ

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 自分が初めて買ったハヤカワ・ポケットミステリはデイヴィッド・ゴードン著『用心棒 』でした。しかも去年の話です。生まれてはじめてハヤカワ・ポケットミステリのこのタイプの本を手にとったのが去年なのです。ものを知らないというのは怖いもので「なんだこの凝った作りの本は!」と感動しました。そして続くはデニス・ルヘイン著『ザ・ドロップ』。あれ? 評判の良い翻訳ハードボイルドを買うとこの手の装丁が多いな・・・と思っていたところに来ました3冊め『拳銃使いの娘』。

 

 なるほど、要するに信頼と実績のハヤカワ・ポケットミステリということか!これも面白かったです!

 

 米国TVドラマの脚本家のキャリアを持つ著者の小説デビュー作なのですが、なるほど文体が映像作品のカット割りに近い感覚で、同じ人物の同じ時間軸の一連のストーリーでもチャプター割りのように小見出しがつくのが面白いです。読んでいるリズムもまさしく映画やドラマのそれ。あらすじは、刑務所から出てきたばかりの父親は服役中のトラブルのせいで犯罪組織に命を狙われることに。彼の元妻や娘も処刑命令のターゲットになってしまい、父親と娘の決死の逃避行が始まる、というもの。

 

 原題は"She Rides Shotgun"。またキャッチーさだけを狙った邦題じゃないかといぶかしく思ったのですが、読んでいくとこの『拳銃使いの娘』というタイトルの意味と強さがズシッと入ってきます。

 

 導入部ではなんの前振りもなく刑務所の超重警備監房に収監されている犯罪組織の総長の得体のしれない影響力の強さとその恐ろしげな人物像が描かれて、そこですっかりこの物語にのめり込んでしまいます。なんだこの小説?とぐいっと引っ張り込まれたところへ幼い少女とムショ上がりの父親のひたすらぎこちない邂逅が続き、前科者の父親に畏怖と疑いの目を向ける少女が「拳銃使いの娘」と表現される理由が徐々に明らかになっていくのですが、そんな少女の成長の過程と父親との関係性の変化が本作の読みどころです。

 

 単に少女のサバイバルと成長と聞けば似たようなストーリーはいくらでもありそうですが、本作の特色は主人公に幼い少女を据えておきながら、ロマンス要素を一切排して、暴力性への目覚めというなんとも危ういテーマを持ち込んだところにあると考えます。娘に対して生き残るための格闘術を教えながらも彼女の危なっかしさを感じる父親が、「強くなるためにはまずは自分の弱さを感じろ」と言いつつ内面の獣を飼いならすよう娘を鍛える親子関係が新鮮です。中盤から後半にかけて登場人物が増えながら、並行して走るストーリーラインも増やし、それをクラッシュさせて回収するエキサイティングなアクションシーンも秀逸ですし、悪徳保安官の嫌らしい怖さやドラッグでハイになっているような暴力描写も凄まじい迫力でした。

 

 少女の成長を扱ったミステリとして、本作とは対極的なクソみたいな父親が登場し、主人公の世界に対する構えも正反対とも言えるボストン・テラン『音もなく少女は』も非常にお薦めです。こちらはクソみたいな男達とそいつらが作った社会に抗う女性たちの連帯がサバイバルのキー。そして少女の成長を描いたミステリの傑作として忘れられないのがディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』。この作品では社会性や知識教養を身につける啓蒙主義がサバイバルのキーになっています。それぞれ小説として本当に面白いものばかりですし、一人の少女が幼いころから困難に直面し、もがき苦しみ成長する過程で生き残りの手段として選ぶものがこれだけバラエティーに富んでいる昨今の翻訳ミステリ小説。読み比べるのも非常に楽しいです。読んでる間は必死のパッチですが。