ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

トリビュート『つりが好き』河出書房新社

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 3月になったら釣りに行こうと思います。2月は寒い。2月に釣りに行くのは相当に魚釣りが上手なのか、かなりお好きな方だと思います。わたしは下手が理由で行かないくちです。

 

 趣味で魚釣りをするくせに魚釣りにまつわる文芸作品を全くと言っていいほど読んでいないので、まずは短編集からということでこの本を手にとってみました。『老人と海』も『白鯨』も『マクリーンの川』(映画「リバー・ランズ・スルー・イット」の原作)も読んだことがありません。かろうじて、本棚にはスタインベックの『コルテスの海』が積んであります。

 

 以前、青空文庫にて幸田露伴の『鼠頭魚釣り』という短編を読んだことがあります。鼠頭魚というのはキスのことです。キス釣りにまつわる道具や釣り方の薀蓄が語られていて非常に興味深いというか、幸田露伴は趣味に凝るおっさんの類型を嬉々として演じているみうらじゅん的な性格を持つ大作家なんだなと頬が緩みます。あれは絶対にわざとやっている。

 

 この短編集『つりが好き』にも幸田露伴の「釣魚談一則」が収録されています。これがまた「思い立った時に釣りに行けるように餌のミミズをどう飼うか?」というノウハウトーク露伴先生が書く?それ。いや、ぜったいわざとやっていますよ。そして幸田露伴の次に収録されているのが幸田文の「鱸」(すずき)。趣味的な講釈を振り回していた父親の短編のあとで、これまた大作家の娘が父親の人間的な側面をすずき釣りを通じて照らします。これはたまらない、泣けました。

 

 このアンソロジーは"釣り”がテーマなのですが、その距離感や視線が面白いです。漫画『釣りキチ三平』作者の矢口高雄「二重の呪文」、昭和の酒好き釣り好きのアイドル開高健セーヌ川の雑魚にナメられ、手も足もだせなかったこと」の2編は、「釣りといえばこの人!」というお二人が釣りの風景でぼっこぼこにやられるところが書かれています。可笑しくて味わい深いですね。敢えてこの二人に「釣りの魅力」を語らせない!

 

 釣り界隈の本職にしっかり釣りを語らせているのは佐藤垢石「春饌譜」でしょうか。寡聞にして初めて釣り分野のエッセイスト佐藤垢石を知ったのですが、良い文章を書く人ですね。といっても若干食い気に振った内容でしたが・・・。早速ネットで古本を漁ったのですがすでに品薄状態でした。

 

 これまた初めて読んだ芥川賞作家である大庭みな子「アラスカの鮭釣り」。この本で最も釣りの風景を活き活きと楽しく書いてある作品でした。生活の一部と言えるくらい親しんでいるキングサーモンフィッシングの醍醐味を軽妙な文章で綴っています。”キングは海の中でははねないではりをのみ込んで走るんです。その走り方はすさまじく、リールがキリキリと逆もどりして、糸も全部出てしまいます。ほんとうに魚と人間の一騎打ちというスリルがあります。格闘ですね。” この一節を読んだ時にわたしが思い出したのは前述のスタインベック『コルテスの海』でした。

 

 例えばメキシコサワラの背びれには「Ⅹ Ⅶ - 15 - ⅠⅩ」の棘条がある。これを数えるのは簡単だ。だが、もしサワラの激しいひきにあって釣糸で手がひりひりしたり、急に海中にもぐって逃げられそうになったサラワが船の手摺まで手繰り寄せられ、刻々と色を変えながら、尾びれで宙を打てば、外界の状況はまったく新しい関係で編みなおされる。それは魚プラス漁師を越えた何かだ。この第二の相互関係から生まれる現実に影響されずにサワラの棘条を数える唯一の方法は研究室に座り込み、異臭を放つ広口びんを開け、ホルマリン溶液の中から不自然な、色の無い魚を取り出して棘条の数をかぞえ、『Ⅹ Ⅶ - 15 - ⅠⅩ』と真実を書き記すことだ。こうすれば一切の影響を受けずに真実を記録したことになる。もっともこれはおそらくサワラにも、当の研究者自身にとってもまったく意味の無い真実だが。

 

 

 大きく話がそれてしまいましたが、このトリビュートでは作家がどれだけ「つりが好き」なのかによって、釣りを扱う熱量を上手いこと上下させているのですね。文化人類学者である今西錦司の「魚釣り」は登山という切り口でありながら「自分にとって魚釣りとはどんな行為なのか」という根源的な自問自答を研究者らしい筆致で書いているし、最高だったのは坂口安吾「釣り師の心境」です。端的に言うと坂口安吾が釣り好きである周囲の人を「なんなんあいつら?」という目で描いているのです。決して否定的な書き方ではありませんが、想像するに、ディズニーランドで「キャッホー!」となっているTikTok投稿や、通勤電車の中でパチスロ動画を観ているビジネスマンにわたしが向ける視線と同じものを感じるのです。

 

 酒や食い道楽と同じく、いくら大先生達が扱おうと釣りも「ただの趣味」。そんな謙虚さと苦笑いと知的興奮に溢れた良書でした。

 

 

【掲載作品(掲載順)】

辻まこと「春の渓流」、桂歌丸「噺百遍」、矢口高雄「二重の呪文」、沢野ひとし「ザリガニ釣り」、佐藤垢石「春饌譜」、福田蘭童「オクラとアユ釣り」、井伏鱒二「わさび盗人」、幸田露伴「釣魚談一則」、幸田文「鱸」、林房雄「釣人物語より」、團伊玖磨「黒鯛釣り」、西園寺公一「釣魚迷の「人民公社反対論」」、大庭みな子「アラスカの鮭釣り」、開高健セーヌ川の雑魚にナメられ、手も足もだせなかったこと」、獅子文六「釣りの経験」、坂口安吾「釣り師の心境」、森下雨村「不具の蟹」、北杜夫「食用蛙」、火野葦平「ゲテ魚好き」、長辻象平「脇役たち(抄)」、三代目 三遊亭金馬「釣友今昔」、今西錦司「魚釣り」、宮本常一「一本釣り」、永井荷風「日高基裕『釣する心』序」