ノンフィクションです。凄本です。
映画『ボーダーライン 1・2』『悪の法則』『トラフィック』、小説『犬の力』(未読)なんかが好きな人は鼻血垂らしながら楽しめると思います。サイコパス天才ハッカーがその暗い生い立ちからどんなダークサイドスキルを身に付け、溢れんばかりの才能とアイディアを駆使していかに事業を拡大し、合衆国の法機関がまったくと言っていいほど気付けなかったこの犯罪イノベーターをDEA(アメリカ麻薬取締局)がどんな経緯で嗅ぎつけ、どのように関係者を籠絡し、盗聴、ハッキング、潜入捜査、オトリ作戦を駆使して同時摘発にいたるか、そしてその後の主犯「ルルー」の取調室でのレクター博士ばりのカリスマ性が描かれる実録ニューエコノミー犯罪ルポです。
なにかのきっかけで書店で手に取り、パラパラとめくってただ事じゃねーぞと感じました。そこにはなぜか敬愛する映画監督であるマイケル・マンが序文を寄せているのです。長いですけど、端的かつ臨場感あふれる書評になっているので引用します。
" 明らかになる事実以上に劇作家である私の心を惹きつけるのは、『クリミナル・イノベーショ ン』に付け加えられた性質、つまり臨場感かもしれない。物語をすぐそばで見ている心地がする。現場に運ばれたかのように感じるのは、みんながエレイン・シャノンを信頼しているからだ。彼女はジャーナリストとして、情報機関と最高峰の法執行機関から高い評価を受けている。物語があるところへ勇躍乗り込み、決して信頼を裏切らず、話を正しく理解する人物として。彼らの彼女に対する信頼、彼らの情報開示性、彼女の鋭い洞察に、彼女ならではの皮肉と書き手としての魔力が加わり、独特の雰囲気と対象を接写しているような感覚が本書からは伝わってくる。
シンドリックとスタウチ、彼らの上司ルー・ミリオンとデレク・マルツ、DEAの秘密工作員タージら捜査の推進力を担う捜査官たちは、一人称視点、日記、メモ、文書、個人的な感情、直惑、疑念、不安、そしてときには勝利を、エレイン・シャノンと分かち合う。"(P.10)
そうです、著者は女性ジャーナリストなんです。いやいや、ジェンダーロールを持ち出すつもりはないんです。「女性なのに凄いね」なんて。そうじゃない。この取材は一言で言って「危ない」。
よく書いたな、これ・・・。
" ルルー(投稿者註:本書の主役である犯罪者)には、二一世紀の起業家精神を表す業界用語のほとんどが当てはまる――伝統の軽視と破壊、減量経営、世界展開、迅速な拡張性。埋まっていない隙間(ニッチ)をどう見つけ、どう活用し、市場の様相をどう一変させればいいかを心得ている。身軽に旅をし、機敏に動き、回転速度を落とさずにいる方法も。"(P.22)
本書の冒頭と終盤に少々読みにくいバタつく場面があります。理由は臨場感たっぷりに進行する逮捕劇に登場する人物が急に増えるからです。そこはノンフィクション、ひとりひとりのサイドストーリーで人物像を膨らませる余裕はありません。そんなところも、最近報道された2年以上の時間をかけておとりチャットアプリ「An0m」をアングラ界隈に普及させて800余名を同時逮捕したFBIの仕事を彷彿させて、やっぱり鼻血垂らしながら楽しめるのです。
面白かったです。オススメです。