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ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

映画・Movie『ゼロ・ダーク・サーティ/ZERO DARK THIRTY』

映画

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監督:キャスリン・ビグロー

製作:キャスリン・ビグローマーク・ボール、ミーガン・エリソン

脚本:マーク・ボール

出演:ジェシカ・チャステイン     マヤ

   ジェイソン・クラーク      ダニエル

   ジョエル・エドガートン     パトリック

   ジェニファー・イーリー     ジェシ

   マーク・ストロング       ジョージ

   カイル・チャンドラー      ジョセフ・ブラッドリー

   エドガー・ラミレス       ラリー

   ジェームズ・ガンドルフィーニ  CIA長官

 

 

全編にかけて正義は無く、国防と復讐の境界は酷く曖昧。

そのくせ恐ろしいほど冷徹で緊迫した映画の進行。

劇中に主人公マヤが見せる人間臭さと言えば職業人としての苦悩だけ。

 

そうか、『ハート・ロッカー』でもそうだったけど、キャスリン・ビグロー監督は偏執と隣り合わせのプロフェッショナルを描きたいのだな。長官に評価されて、気に入られるくだりなんかは最高だ。

 

途中、CIAの上役が犠牲者まで出したチームの失態に対して激高し、「おまえ達の仕事は殺すべきターゲットを調べ上げて増やすことだ」と叫んでいたことがとても不愉快だった。

いつしか、大義の下に強いられる、敵方であってもそれは犠牲と言ってよい人殺しが、細分化されてタスクになっていく。

自分にとっては非常に不愉快なプロセスだ。

 

主人公マヤがビン・ラディンの隠れ家を襲撃するシールズの隊員を、「私のために殺してきて」と見送るシーンがある。

彼女はそのとき、CIAという職業人として「殺せ」と言ったのか、友人である同僚を失った女性として言ったのか。

 

この映画について言えば、彼女にその区別が無いところにおもしろさがあるのだと思う。

 

物語とマヤの成長に平行して進むプロフェッショナリズムとアイデンティティの同一化。

 

 

しかしマヤの最後の涙を、安直な「喪失感」によるものに見せない演出をするところがキャスリン監督の女性らしい感性だと感じた。

 

巧いなぁ。

 

 

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