ボクシングを題材にした好きな映画がいくつかあります。安藤サクラ主演の『百円の恋』、フランス作品の『負け犬の美学』は大好きな映画です。プロを続けられなくなる年齢制限を前にタイトル戦にチャレンジする不器用な会社員ボクサーを追ったノンフィクション作品『一八〇秒の熱量』山本草介著は読み物全般の中でもかなりのお気に入りです。アツい!最高!
ところがボクシングを扱った小説となると全く読んだことがありません。といっても寡聞にして寺山修司『あゝ、荒野』(未読)しか思いつかないのですが・・・
そんなわけでボクシング小説初体験でした。
いや実に面白い!読んでよかった!
じっとりじめじめ精神世界の闇を覗き込む・・・のようなわたしの勝手な芥川賞作品への先入観はあっさり裏切られ、乾いた短い文体の積み重ねで主人公の肉体との非常に実存的な対話が書かれます。これがスポーツ作品や山岳小説の醍醐味ですね。
この作品の優れたところは、その「肉体との対話」が主人公の観念のもやもやの解消につながっていく様が非スピリチュアルな語り口で描かれているところだと思います。
ぶっきらぼうな先輩ボクサーがトレーナーにつき、ボクシング技術はもちろん体の使い方や生活リズム、食事の指導を受けることによってボクサーとしての成長を実感しながらそれに加えて主人公の見る世界がクリアになっていって、世界とのコネクションがスムーズになっていくその様が、特にドラマチックな盛り上がりがあるわけではないのだけどわたしにはとてもエキサイティングで爽快でした。
そして、読了後にはたと気付いたことがあったのですが、この小説、作中で登場人物の容姿を全く説明しないのです。読んでいる途中では疑問にも思わず違和感も無かったのですが、この独特の世界観を作るのにきっと影響している書き方だと思うのですよね。
時間が経ってから再読しなくては。