ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

高橋ユキ 著『つけびの村』(晶文社)

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TBSラジオ製作のオーディオムービー『つけびの村』の原作がノンフィクションと知って読んでみました。
2013年7月21日、山口県周南市の山間にある限界集落で保見光成(事件当時63歳)が起こした、集落住民12人のうち5人が殺害された連続放火殺人事件を扱っています。
テーマとして、過疎地の粘着した人間関係、信仰、風俗史、経済困窮、高齢社会、Uターン移住者の疎外感、妄想性障害、裁判、死刑制度・・・などなどがありますが、筆者が現地の資料、文献を丁寧にあたり地名の由来、人口動態、産業の推移、祭りの歴史などをかなりのボリュームをとって解説することで日本の地方集落の姿を立体的に浮かび上がらせる努力に好感しました。
サブタイトルにもあるようにこのルポでは「噂」が重要な要素です。あとがきで筆者本人がそれに言及しています。筆者は保見の妄想性障害を加速させたあたかも土地に備わる装置のような「噂」の暴力性を遠回しに非難し、また、事件直後の報道やSNSで拡散される表層的なイメージに対するカウンターとして現地に入り、取材し、文献調査をしたうえで、読んだ私には学術的にも思えるほどの慎重さをもって金峰地区の自然風土、歴史風俗、そして生々しい高齢者達の暮らしをレポートしているのです。
筆者はもともとジャーナリズム畑の人ではありません。裁判傍聴マニアがその切り口でフリーランスのライターという職業に行き着いた人です。だからでしょうか、金峰の村を歩く足取り、息切れ、まとわりつく羽虫の鬱陶しさが生き生きと伝わってくる「良い意味での素人らしさ」が文体に現れてきて、だからこそ噂と事実を切り分ける必死の取材風景や、逡巡し悩みながら書き上げていった文体が迫真を持ってせまってくるのです。
死刑判決の出た事件を扱ったルポなのに、フェアであろうとする著者の職業人としての姿勢が作品になってしまっている興味深い一冊でした。