ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

映画『プロミシング・ヤングウーマン』

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良かった!本当に観て良かった。

 キャリー・マリガン主演『プロミシング・ヤングウーマン』。

 客の9割が男性でしたが、エンドロールが終わり劇場が明るくなった時には、全員の魂が蒸発していく音が聞こえたようでした。

 ストーリーは簡単に言うとピエール・ルメートル『その女アレックス』が『ゆきゆきて、神軍』をやる話です。わかりにくいですかね、そうですね、ネタバレ怖いんで。

 キャリー・マリガンはけっこう抑えめの演技だったと思います。それが知的で皮肉の効いた復讐のやり方を際立たせている。上手いですね、拷問道具や暴力の振るい方に創造性を発揮するのではなく、相手の職業や犯した罪・・・キャリー・マリガン演じる主人公キャシー(カサンドラ)が憎む過去の振る舞いに合わせた復讐方法を採る。ルーニー・マーラの『ドラゴン・タトゥーの女』も好きですけどね。

 もともとハーレクインのイメージを引きずっていたので予告編や宣材写真のキャリー・マリガンの姿に「コスプレ」的先入観があったのですが、いやいや実は彼女のミッションに必要な、全てがむしろTPOに合わせた素敵な着こなしです。必然の七変化でありメッセージ性もセットになっていて、主人公キャシーのファッションは本作の大きな魅力の一つだと思います。『クイーンズ・ギャンビット』も良かったけどこっちの方が好きです。

 ファッションがぴったり決まっているのでイントロ部分でキャシーのロングショットに"It's Raining Men"がかかったときには「うおおお!!!」と立ち上がって拍手したくなるほどシビレました。ちなみにそこにつながるケチャップがチャームポイントのホットドッグを食べながら歩くシーンは明らかに製作として参加しているマーゴット・ロビーのハーレクインへのオマージュだと思っています。そして、中盤ちょっと前のタイヤバールを手に持って放心するシーンは『私がウォシャウスキー』を彷彿させるクールさ。キャシー(キャリー・マリガン)は十分に暴れるけどファナティックとまではいかない。そのコントラストを狙っているのか、陰鬱な影を引いたキャシーの佇まいに爆音で被せる音楽演出は最高! 

 そしてそして、本作の白眉とも言える"TOXIC"の超禍々しいストリングス・アレンジのかかるあのシーン!凄い、凄いです、このシーン。社会派サスペンスとラブロマンスがホラーに合流する瞬間。美術監督のマイケル・T・ペリーが『イット・フォローズ』も手掛けているんですけど、あれは絶対それでしょ!!こえええ・・・
 最近読んだ小説でものすごく面白かったのがC・J・チューダー『アニーはどこにいった』、ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』だったんですけど両作ともジャンルのボーダーをゆらゆらとまたぎながらナックルボールのように「スコーン!」って落とすんですよね。この『プロミシング・ヤングウーマン』もそんな映画体験の醍醐味が楽しめると思います。


 もう、劇場に行ってください、とにかく!


 最後にこの映画で特に心に引っかかったことを2つほど。


【ここらへんからふんわりネタバレがあります】


 一つは、この映画にはあらゆるパターンでセクハラやデートレイプを仕掛けてくる男性が出てきます。その属性は人種、年齢、社会的階層もさまざまに配置することで男性性の加害性を普遍化しているのですが、では女性はどういう扱い方をされているかというと「加担」という加害行為を担わされています。そして性被害から離れたところでキャシーの母親がこれまた引っかき傷を残す態度をキャシーに取るのです。私にとってはこの母親の態度が実は一番怖くて不快でした。「私の望む振る舞いをしないあなたは存在しないのも同じ」といったような言動を事あるごとにキャシーに対して取るのです。この非暴力的暴力の描写に私はかなりダメージを受けました。
 そしてもう一つは「過去の罪に対してどう向き合うか」という問題です。劇中にテンプレートみたいな言い訳が出てきます。「あのときはまだ俺はガキだった!」って。オリンピック音楽関係者の件でも焦点になっている問題だと思います。加害者側の男性の中で特異な描かれ方をする弁護士が一人いるのですが、彼だけは被害者の「名前」をすぐに思い出してキャシーに告げます。そしてずっと自分の犯した罪を悔やんで苦しんでいることを告白する。被害を受けた方がご存命かそうではないかに関わらず、被害者に対してあるべき態度としてひとつの答えなんだろう、と思いました。