ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

平松洋子 編著『忘れない味』講談社

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食文化にまつわるエッセイを中心に活躍している平松洋子が編纂したこれまた食にまつわる短編小説及びエッセイ集(益田エミリの漫画もあります)。

 

『もの食う話』『注文の多い料理小説集』と昨年より飲み食い関連のアンソロジーに当たりが多くて幸せを噛み締めているのですが、これもまたたまらんやつです。

 

江國香織堀江敏幸といったこのジャンルの常連作家や林芙美子吉村昭といった大御所まで。お恥ずかしながら林芙美子を初めて読んだのですがなんとまぁ活き活きとした文章を書く方なんでしょう。その林芙美子らしき女性が登場する野見山暁治『チャカホイと軍人の女』が収録されているのも面白いですよね。

 

短編小説としてとても気に入ったのが中島京子『妻が椎茸だったころ』と川上弘美『少し曇った朝』でした。特に『妻が椎茸だったころ』はそう来るかそう来るか、いやわかってんだけど・・・泣くわそんなもん!とツボに入りまくってしまいました。

 

最後に、寡聞にして初めて触れる石牟礼道子の作品が掲載されていたことが一番の僥倖でした。なんという凄みのある文を書く人なんでしょう。幻想的で静謐でありながら力強い作品でした。

 

 

【収録作品】(掲載順)

佐野洋子「天井からぶら下がっていたそば」

伊藤比呂美「歪ませないように」

・旦敬介「初めてのフェイジョアーダ

野呂邦暢「白桃」

林芙美子「風琴と魚の町」

町田康「半ラーメンへの憎悪」

深沢七郎「カタギの舌で味わう」

鏑木清方「胡瓜」

江國香織「すいかの匂い」

野見山暁治「チャカホイと軍人と女 ――“林芙美子”」

間村俊一「ぞろり――食にまつはる十一句」

堀江敏幸「珈琲と馬鈴薯

中島京子「妻が椎茸だったころ」

益田ミリ「会社では、なんだか宙ぶらりん」

吉村昭「白い御飯」

・山崎佳代子「ジェネリカの青い実」

友川カズキ「眼と舌の転戦」

平松洋子「黒曜石」

石牟礼道子『椿の海の記』「第八章 雪河原」より

・美濃部美津子「菊正をこよなく愛した」

南伸坊うな重はコマル」

高橋久美子「仲間」

川上弘美「少し曇った朝」

山田太一「食べることの羞恥」

石垣りん「鬼の食事」

吉本隆明「梅色吐息」

・ハルノ宵子「最後の晩餐」

 

長浦 京 著『アンダードッグス』KADOKAWA

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 合わなかったです。残念。半分読んだところで「ピタっ」と進みが止まりました。

 アンダードッグス・・・「負け犬」チームの機密情報強奪作戦が中国返還前夜の香港で繰り広げられる。そこへ招集された元農水省官僚の主人公はいかにして作戦を遂行し、生き延びるか、というあらすじです。米国は日本の農産物市場の自由化へ圧力をかけるために農水省の裏金作りをリークしてスキャンダル化し、その影響で主人公の古葉(コバ)は農水省を追われてしまう。それぞれがそういう生い立ちを引きずっているチームメンバー「負け犬たち」の【業】が本作のメインプロットだと思っていたのですが、中盤にさしかかるころになるとそこにメンバー同士のライヤーズポーカー、そして依頼者は互いに競わせリスクヘッジをする目的で複数チームを雇っていることが判明し、チーム対抗バトルロワイヤル要素まで入ってきて、かつ米国、中国、ロシア、英国、あとは覚えていませんがいろいろな国のインテリジェンスが裏で糸を引いていることを匂わせだして、端的に言うと散らかってしまってるなという印象なのです。

 「やべ、風呂敷たためないかも!」と作者が思ったかどうかは知りませんが、発散しかかった中盤直後、突然チーム数を間引き出します。じゃそのストーリーライン、入れなきゃよかったよ、登場人物覚えきれないですよ・・・。

 とにかく終始そんな調子で、展開を詰め込みたいがために登場人物像に深入りしていく間が与えられず、私には上滑りな駆け足のストーリー運びに感じられました。主人公古葉の戦闘訓練を積んだわけではない役人上がりならではのサヴァイバル術であったり、特殊能力(段取り、根回し、記憶力に偏執的な修練)は十分魅力的なのですが、どうもその人物像に深みがささない。もったいないです。それゆえに彼のロマンスの気配や裏切りへの怒り、友情やそれを失ったことによる復讐心や殺意にもこちらの腹が据わらないのです。だからなのか、役人上がりの素人が活躍することの納得性の担保のために適当に肉体的に痛めつけているようにさえ読めてしまいます。

 反対に本作の美点は、とにかく米国を悪役にして主人公が敵愾心と復讐心を燃やしているところです。しかも、本人たちはその汚職の理由付けにもっともらしいことを言っていますが、裏金工作を邪魔されたことが原因といういかにも公務員らしい動機づけで。そして、日本のエンターテイメントには珍しく非常に親中的なストーリーなのです。どんな国だって一皮めくれば汚いところはいくらでもあって、右手で握手、左手にナイフなんてザラでしょうけども、国家間の関係性にそういう意外性を持ち込んだことで役人上がりの主人公の屈折した人生観やアンダードッグス達の作戦にかける鬱屈した(死の)覚悟にも説得力が増していると思います。

 最後にやっぱり言いたいのは、もっともっとねちっこく登場人物たちの「負け犬の業」を描いて欲しかったなと思いました。ロマンス部分もBLにしちゃえば良かったのに。

 そこまで考えて、自分はちょっと高村薫リヴィエラを撃て』が好きすぎるんだな、と自覚しました。

平山夢明 著『独白するユニバーサル横メルカトル』光文社

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  キツい・・・これはキツいけど、噂に違わぬ傑作短篇集でした。

 

 中盤に収録されている『オペラントの肖像』『卵男』はいずれも映画『ブレードランナー』『マイノリティ・レポート』アニメ『サイコパス』などに通じるSFサイコ・サスペンスで、『すまじき熱帯』はまんま『地獄の黙示録』を借景したブラック(ユーモア?)スプラッタ作品。内容のエグさに反比例する喉越しの良さと痛快さがある不思議な作風です。
 『セブン』、そしてなぜか映画版『オールド・ボーイ』の風味が鼻の奥にツンと来る『Ωの聖餐』は紛れもない傑作です。本書のナンバー1でした。
 ジャブにちんこネタ突っ込んでくる光文社の神経もどうかしている巻頭の『C10H14N2(ニコチン)と少年』は、読み口の不快感を説明するのにどうしようもなく自分の青臭さと向き合わないといけない置きどころに困る一編でした。
 ぶっ飛んだ設定が神がかってる表題作の『独白するユニバーサル横メルカトル』。これは凄い。変態作家の面目躍如。誰が書けるよ、この設定・・・。
 読んでる間に2~3回失神しかけた『怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男』。これは名作長編『DINER』へと続く重要作です。
 そして残るは『無垢の祈り』・・・実は本作を手にとったのはこの短編が映像化されていると知ったからなのですが、先に原作を読んで、【絶対に実写版は観ない】と心に決めました。

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読み終えてから2週間弱してようやく感想をかける壮絶読書体験でした。

藤井太洋 著『ハロー・ワールド』講談社

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 日本SF作家クラブ会長の池澤春菜氏がTBSラジオでお薦めしていたのがきっかけで購入したこの小説ですが、その経緯とカバーデザイン、タイトルからてっきりSFだと思っていました。

 ・・・いや、SFなんでしょう。SFと呼んで間違い無いとは思うんですが、なんとも凄いものを読んだな、という読後感です。主人公の文椎泰洋(ふづい・やすひろ)が最後まで活躍する連続した物語なのですが、5章立てでそれぞれが独立したテーマを持ち、舞台となる国も変わり、1話で完結する連作短編の体裁をとっています。

 スタートアップとして広告ブロックアプリの販売をしていたらとある国の政府による国民監視システムの存在に気付いてしまうという1話目「ハロー・ワールド」。勤め先が売り出すドローンをラスベガスの展示会に出展するために出張してきたが、挙動のおかしなグーグルカーと接触事故を起こし立ち往生した荒野で、Amazonの配送をしているドローンまでも不思議な振る舞いを見せ始めその原因を探る2話目「行き先は特異点」。出張先のバンコクで革命に巻き込まれ、会社の機材であるドローンを革命家に接収されて協力を求められるが、さて自由と平和を欲する他国の市民革命に対してどういう姿勢をとるべきかという3話目「五色革命」。自由の旗手であったはずのTwitterが中国進出を決め、引き換えに検閲用のバックドア中国共産党に差し出した事件を契機に権力からインターネットの自由を守るべくアプリ開発に乗り出す4話目「巨像の肩に乗って」。中国共産党の幹部職員から持ちかけられた暗号資産のシステム開発を軸に資本、再分配、徴税という近現代の統治システムに疑問を投げかける5話目「めぐみの雨が降る」。

 主人公がITエンジニアなので、ストーリーは全てテック系の内容です。そこがまず一つ目のこの作品の魅力でしょう。これまでビジネスが題材のエンタメはどうしても金融か製造が中心でした。ITが題材となるとどうしてもウィザード級ハッカーが登場するクライム・サスペンスになりがちです。それがこの作品はAppleGoogleAmazonTwitterも阿里巴巴集团(アリババ)も百度バイドゥ)も微博(ウェイボー)もSlackも実名で登場しますし、著者のソフトウェア企業務めのバックグランドが十二分に活かされたテック系「実業」エンターテイメントになっています。実はこれって新しいし他にはなかなかない風味だと思うのです。サイバーパンクよりぐっと身近で生々しい。iOSアプリの認証を取るプロセスであったり、オープンソースのソフトウェア開発者たちの連携であったり、コードの流用をする過程でオリジナルの作成者への敬意を忘れないところであったり、この業界の文化や風土が伝わってきて本当に面白いです。

 二つ目の魅力は主人公の造形でしょう。飄々としているようで礼儀正しくて信念の人。各章ごとにヒロイン的な登場人物が出てくるのですが、そんなキャラとの距離感も絶妙、というかほぼ何も起こらないのですが、それでもあるがままに魅力を感じていることを時折ぽろりと説明される温度がなんとも好ましいのです。さらに、主人公の海外出張の振る舞いなんかがいかにもビジネスパーソンあるあるで親近感が湧くし、「自分はiPhoneでもコーディングする」と自称「専門分野を持たないなんでも屋」が開発環境の多少の悪さを意に介さない描写なども同じ働き手として大いに共感するし勇気づけられます。滞在先でサンミゲルを飲む描写や朝食の自炊シーンなんかも楽しいです。ところがそんな主人公も章がすすむごとに明らかにステップアップしていき、業界での知名度や影響力を増していきます。勝負にベットする金額も数十億円になったりする。あるビジネスパーソンの成長物語としても十分に楽しめる作品になっています。


 各章の感想ですが、私は2話目の「行き先は特異点」が一番好きです。この一冊の中では最も牧歌的で平和な話ですが、群れて飛ぶ鳥の描写にはJ・G・バラード作品のような凄みがあります。 最終話の暗号資産の話も面白かったです。参考文献としては斉藤 賢爾『信用の新世紀』をお薦めします。とはいえブロックチェーンに関する基礎知識が無くても問題なく楽しめますし、作中にさらっと上手に解説が加えられていますので、逆にそこでご興味を持たれたようであれば『信用の新世紀』を読んでみられるのも良いかと思います。こちらもスゴ本ですから。

都築響一 編『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』ケンエレブックス

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「ROADSIDERS' weekly」というメールマガジンで連載されていた100人の寄稿者が書く「二度と行けないあの店で」がテーマのエッセイ集。638ページ。『東京の生活史』ほどではないですけど、なかなか分厚く、昨年末にようやく読み終えました。 

 

 この本の魅力はまずそのバラエティに富んだ寄稿者の面々でしょう。平松洋子俵万智、平野紗季子、村田沙耶香というプロ文筆家から、さすがに上手いエッセイを書く手練の玉袋筋太郎土岐麻子小宮山雄飛ホフディラン)、友川カズキなんて渋い歌い手さんまで。果ては酒場ライターやドラッグクイーン、女王様などなど、みなさんそれぞれのバックボーンや人生を反映した個性的なエッセイを書きそれがまた読ませるのです。泣ける切ない話だけではなく、自暴自棄だったり、ちょいワル自慢だったり、「あれ・・・なんやったんやろ?」という不味い店の話や記憶の曖昧さが決して解決しないSF的な一編まで、多様性とボリュームに富んだ素晴らしいアンソロジーでした。 

 さらに2017年12月から2020年8月という連載期間い非常に大きな意味があったと思います。バブルが弾け、バブル時代の記憶も持ちあわせた寄稿者たちが長い不況を見つめ続け、そしてコロナ前夜に「非可逆的な思い出話し」をするわけで、この連載期間が間接的にかもしれませんが一定の「気分」を寄稿者たちに持たせ、社会史、風俗史的にも意義あるものにしていると感じるのです。 

 その「気分」というのが、「バブルの頃は良かったな」というノスタルジーでもなく、不況にあえぐ閉塞感でもなく、「無くなったものは無くなって帰ってこない」という地に足がついて実存的な前向きさというかひたむきさであったり、鷹揚さにも似た明るさであったり、それらは我々がこれから生きていく上で大事な「態度」を教えてくれているように読み取れました。 

 

 特に私が気に入ったエッセイをいくつか紹介します。 

 

滝口悠生(小説家)「祖父の行きつけのクラブ」 

 八丈島の盛り場の変遷と祖父の思い出を書いているこの一編、祖父の代はホステスと言えば韓国人、それがだんだんとフィリピン人になり今では若者向けのキャバクラができて島外からやってきた日本人が働いているという描写に「日本の失われた30年」の衰亡を強く印象付けられます。 

 

◆内田真美(料理研究家)「春の頃、私的最果ての店」 

 さすが料理研究家だけあっての絶品紀行文。ポルトガル滞在時のレストランの情景や料理が活き活きと描かれていて本当に美味しそうです。特にハーブの使われ方、レストランのテーブルには紙製のランチョンマットに予め羊のチーズなどの前菜がセッティングされて席につくとそれとオリーブなどをつまみながら店員からメニューの説明を聞くのだそう。その前菜は「食べない」と断ればすぐに下げられ料金は付かないという合理的なサービスが素敵だと感じました。 

 
◆吉井忍(フリーライター)「失恋レストラン」 

 中国で中国人夫に不倫された著者が浮気の証拠である夫のスマートフォンを握りしめ、着の身着のままお金も持たず寒空の下へ飛び出し、避難した先の台湾料理屋の女性店員と育む女性同士の連帯の話。赤裸々で辛辣ですが、偶然と周囲の親切によって生き抜いた著者が「記憶の蓋」が必要だと吐露して防衛的になる瞬間が切ないです。 
 

◆伊藤宏子(季刊誌『住む。』編集長)「凍った英国の庭に行った話」 

 スノウドロップという花と、その花にあこがれて英国を旅した友人との思い出。ガーデニングのメッカである英国郊外の冬の情景、園芸のあれこれ、そしてパブの話なのですが、とにかく凛とした寒々しい美しさを湛えた文章が秀逸です。 

 

◆菊池智子(写真家)「仙人茶館重慶」 

 中国重慶の分断され再開発、漂白され都市化されゆく風景と、それに取り残され、少しだけ抗うように暮らす人々の集うお茶屋の話。第二次世界大戦で日本が空爆した歴史や、困窮する現地人たちの壮絶だけと淡々とした生き様やストーリーが綴られ、是非1冊の本にしてほしい迫力と重みと人間への愛に溢れた銘エッセイだと思います。私にとっての本書のナンバー1でした。 

 

豊田道倫(シンガーソングライター)「永遠の21秒」 

 あまりにも綺麗で切ない、コーヒードリップと喫茶店のマスターにまつわる話です。私はなぜか遠藤明範 著『舞い降りた天使 』(アニメージュ文庫) を強烈に思い出しました。 

映画『ザ・ランドロマット』(Netflixオリジナル)

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監督スティーヴン・ソダーバーグ

出演メリル・ストリープゲイリー・オールドマンアントニオ・バンデラス

 

 なんちゅー贅沢なことを配信専用でやるんだよ、ネトフリ・・・。
 邦題タイトルには「パナマ文書流出」が付いていますけど、そこはオマケみたいなものです。ただ一応、その実際の事件を受けて狂言回しの役割をやっているゲイリーとバンデラスがえらい目に合う(自業自得)ストーリーですが、この作品を通して語られるのは実態の無いペーパーカンパニーを使った詐欺的な保険金不払いで市民がとんでもない不利益を受けることが合法的にまかり通っていること、それが企業の節税(脱税)の抜け道に通じていて、中国でのマネーロンダリングや最終的にパナマその他のタックスヘイブンへ構造的に合衆国政府がお墨付きを与えてしまっている実態を描くノンフィクションベースのブラック・コメディです。

 わたしこのジャンルがとんでもない大好物で、『BIG SHORT』『インサイド・ジョブ』『キャピタリズム マネーは踊る』『リーマン・ブラザーズ 最後の4日間 』『ザ・コーポレーション』『エンロン』などなど好きな作品がたくさんあるのですが、実はこの作品のキモは金融にまつわる不正や不公平を暴いて溜飲を下げるような脚本にはありません。

 ソダーバーグが大物俳優を使ってめちゃくちゃイタズラっぽい悪ノリ演出をバンバン繰り出してくるのです。主演俳優のトリックには僕は最後まで気付けませんでした。
ゲイリーとバンデラスは本作で吊るし上げられる悪者の二人なのですが、普通のおばさんであるメリル・ストリープが保険金不払の被害に遭いつつ核心に迫るメインストーリーの横でちょこちょこと架空の空間設定でメタ的に鑑賞者に語りかけるんですが、それがいちいち格好いい!

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 ドラマ『SUITS』(米国のオリジナルですよ、フジテレビ版はクソです)、HBOドラマ『トゥルー・ディテクティブ シーズン2」のヴィンス・ヴォーン、『リンカーン弁護士』のマシュー・マコノヒーなどなど、僕の中での「着こなしヒーロー」のなかでも本作の二人はずば抜けています。わざわざ衣紋掛けにかけてあるジャケットを羽織らせるカットを入れるなんて確信犯としか思えません。しかも、シチュエーションによってカジノ遊び人風、メキシコ風、カリブ風、ウォールストリート風と僕には萌キャラコスプレよりよっぽど興奮する素敵カット満載。

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 しかも・・・メリル・ストリープゲイリー・オールドマンアントニオ・バンデラスが同じフレームの中で演技してるシーンが拝めるんですよ、この映画。ありがたや、ありがたや。


 ストーリーにほとんど触れずに書いていましたけど、最後に少しだけ。中国舞台のパートは・・・本当にエグいです。これ、ソダーバーグぐらいの人がネトウヨ的に法輪功ネタを差し込んで来たとは思えないのですけども、描写の露骨さとメインストーリーとの乖離に政治的な意図を感じずにはおれませんね。とはいえ、話1/3でも中国怖い。

映画『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』ジョン・クラシンスキー監督、エミリー・ブラント主演

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【ネタバレ、ネガティブコメント有り】

 好きな映画です。悪くはないと思います。


 だけどね・・・やおらスピーカーのAC電源ケーブルを「ぶらぶらしてたらこれからの絵的に邪魔だから!」と言わんばかりにニッパーでバチンと切っただけで電源要らずのポータブルスピーカーに変身させるのは乱暴過ぎやしませんか!?


 それと、本作の重要なギミックである「補聴器によるハウリングでクリーチャーに嫌がらせ」なんですが、それをラジオ放送局起点でやることで世界を救う救世主ストーリーを展開するんですけどAMだかFMバンドに乗せられる周波数帯域の音波であればわざわざ補聴器を海を渡って持っていかなくてもどうにでもなったんじゃなかろうか・・・。しかもラジオ局から流れてきたハウリング音を電池で動いているような旧式のラジカセで出力してクリーチャーに効くのなら、カセットテープに録音した音源でいくらでもクリーチャー避けを量産できたろうに。
 物語をドライブする時間的・空間的キーとなる補聴器の存在意義をわざわざ蔑ろにする方向に脚本を進めているのが残念でなりません。
 音という要素一本でクリーチャーと人間の戦いを描くジャンル映画だけに、その「音」周辺の設定の粗さはどうにもすんなりと飲み込めなかったです。

 


 さて、ネガティブコメントだけでは面白くないので、私にとっての本作の奇妙な魅力の話をさせてもらいます。


 音に反応して人間を殺戮するこのクリーチャー。数あるクリーチャーホラー作品のなかでも特異な描かれ方をしています。まず名前がない。「奴ら」とか「バケモノども」なんていう代名詞や呼称が与えられることもありません。わりとおおっぴらにその姿を晒す割にその存在に肉付けをされることが殆どないのです。指揮官的なアルファー個体もマザーシップも無く地球にやってきた目的も不明。このクリーチャーに殺された人間の死体がキレイに残っていることをみると、どうも人間を捕食しているわけでもない。立派な牙がならんだ顎や鉤爪を持っていますが、プレデター(肉食獣)的な描写が一切ないのです。不思議です。繁殖等々の生態も一切描かれていません。

 

 そのくせ、なんなんでしょう、彼らのこの人間臭さは。
 音を立てると、怒ってその音源をシバキまわすんですよ!(笑)


 「2」で鉄道車両なんかが襲われているのを見ると、おそらく「音のするもの」に対する攻撃性は生物・無生物に区別は無いようです。だからこそ、捕食のために人間を襲っているのではないのでしょう。「1」ではばっさり説明を省略していましたが、「2」のDay1で不時着っぽいカットが出てきます。そうなると彼らは「来たくて来たわけじゃない」と考えられるのです。
 そこまで想像してみるとこのクリーチャー達が、「望んでもいない赴任地に飛ばされて、過酷な環境やカルチャーショックに苦しみ、相手は全然そんなつもりはないのに、何言ってるか分かんねーけどその話す言葉や態度がすべて自分に向けられた敵意のように感じられて、周囲へ暴力的な反応をしてしまうストレス耐性の低いモンスター社員」に見えてきて仕方がないんです。だんだん不憫に思われてきます。


 自分でも泳げないこと分かっているはずなのに水に入ってワタワタしている姿を見るにつけ、なんだか愛着まで湧いてきて・・・。