ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

堀江敏幸・角田光代 著『私的読食録』プレジデント社

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雑誌『dancyu』に連載されていたらしい食べ物にまつわる文芸作品の書評プラスエッセイ100回分のおまとめです。

あいにく堀江敏幸角田光代両名の作品はひとつも読んでいませんが、さすが作家の引き出しは凄いなと感じる内容でした。見開きで連載1回分、1作品分が終わるのでサクサク読めて、食事に関する内容も取り扱う作品も多岐に渡るのでとても楽しく読めました。

扱われている作品で読んだことがあったのは、
『散歩のとき何かたべたくなって』池波正太郎
『それからはスープのことばかり考えて暮らした』吉田篤弘
『酒中日記』『牛肉と馬鈴薯国木田独歩
『酒肴酒』吉田健一
ぐりとぐらなかがわりえこ
『味』ロアルド・ダール  だけでした。

まだまだですねぇ・・・

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そして読んでるはしから片手のスマホで買ってしまったのは
文人暴食』嵐山光三郎
『もの食う話』文藝春秋
『春情蛸の足』田辺聖子
でした。

さ、読むぞ!

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吉村昭 著『白い航路(上・下)』講談社文庫 新装版

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 私が故郷の宮崎県出身のヒーローとしているのが安井息軒、上杉鷹山小村寿太郎高木兼寛の4人なのですが、吉村昭先生がそのうち二人、小村寿太郎ポーツマスの旗』、高木兼寛『白い航路』を上梓されているのがなんとも誇らしい気持ちです。


 高木兼寛を題材とした『白い航路』を読みました。といっても読んだのは数ヶ月前ですが。


 高木兼寛という人物は大久保利通西郷隆盛大隈重信伊藤博文森鴎外小村寿太郎東郷平八郎と同時代を活きた明治の海軍医です。ペリー来航の直前、1849(嘉永2)年に宮崎市高岡町穆佐で薩摩藩郷士・高木喜助の長男として生まれました。優秀だった兼寛は貧乏でしたが地元の塾に通い、地域の応援で薩摩藩の医学校に進学して戦医として戊辰戦争に従軍します(ここらの経緯は海軍少将の高木惣吉・・・熊本出身のジャックナイフで太平洋戦争の終結に向けてインテリジェンス活動をしていた、私にとって二人の「高木」を並べると本当に興味深い)。戦地にて当時でいうと最先端のバキバキの西洋医学を駆使して戦争負傷者の治療にあたる英国領事館の医師ウィリアム・ウィリスの技術に感銘を受けて西洋医学の道を目指すことになります。


 西洋医学といっても兼寛はとりわけイギリスの医学を学ぶことになります。留学先もイギリスでした。当時の医学界は研究至上のドイツ医学派、実践のイギリス学派に分かれていたようです。ドイツ学派の医師と言えばコッホ研究所で学び陸軍医総監まで勤めた森鴎外森林太郎)です。


 学派もことなるこの二人は当時の日本の軍人が何十万人の単位で命を落とす「脚気」の原因について対立することになります。結果について簡単にまとめます。

人物           高木兼寛 森鴎外
所属           海軍   陸軍
脚気の原因についての主張 栄養不足 伝染病
日清戦争脚気死亡軍人数    0  4,064
日露戦争脚気死亡軍人数    3  27,800
     死亡者数統計の出典:https://www.stat.go.jp/library/pdf/column0006.pdf

 なんとも顕著な違いです。これは学術的根拠がまだ弱かったとはいえエビデンスベースで実験を繰り返しタンパク質不足(実際はビタミンB不足)が脚気の原因があると仮説立て軍人の食事の改善に勤めた海軍すなわち高木兼寛と、ドイツで学び伝染病説をとった森鴎外と「白米至上主義」に固執した陸軍との差から来たものです。


 白米至上主義・・・少々ピンとこない言葉かもしれませんが、明治でも白米は非常に有難がられていた食品で、軍人は食費を支給されても目一杯米を購入してその他の副菜、肉、魚などには目もくれずお腹いっぱいにご飯を食べていました。都市部の生活水準の高い人々は米飯食中心で脚気患者が多く、地方の粗食な人々のほうが罹患率は低かったのです。推測ですが江戸から明治に続く支配構造の強化のために稲作中心の国土像=瑞穂国日本というイメージが連綿とプロバガンダされていたせいで、ヒエラルキーの上から下まで自家中毒を起こしていたのでしょう。中世日本の実態はそれとは異なる(生産品目はもっと多様で、年貢も様々な農作物や海産物、狩猟品、工芸品で納められていた)ということは網野善彦著『「日本」とは何か』(講談社)に詳しいです。


 私がこの吉村昭の小説で最も興味深く読んだ部分がこの陸軍の白米至上主義への固執です。まるで天下り先の保健所と感染研を守るためにPCR検査抑制を掲げて、新型コロナ感染症対策のグローバルスタンダードを無視し続けそのパラダイムを頑なに変えない厚生労働省と分科会のルポタージュを読んでいるような生々しさなのです。


 兼寛は上記の通り海軍の脚気死亡者減に多大な功績を残し、海外のアカデミーからも相当な評価を得ました。ところが、日本国内の学会からは激しい批判に晒されます。海軍の兵食改善は独自のもので、日本の医学会でオーソライズされたものにはなりませんでした。そして兼寛の学説を批判していたのが森鴎外です。


 結局、日本の脚気研究がその原因をビタミンB欠乏と認めたのは森鴎外が死去した大正11年から4年後の大正14年です。森鴎外は死ぬまで「誤った学説」を固持したままだったのです。とはいえ、森鴎外ともあろう人物が当時の海外の論文や海外アカデミーの兼寛への評価がその耳目に入らないわけはなかったはずです。彼ももしかしたら「自分・・・間違ってるかも・・・」と思っていたのかもしれません。本作には森鴎外が上司にシバかられる非常に面白い場面があります。

 七月四日、脚気病調査会の発会式が陸軍大臣官邸でもよおされた。
 陸軍大臣寺内正毅は、立って挨拶をした。初めに、調査会が陸軍大臣の監督下におかれたのは、陸軍に脚気患者が多く、そのための研究も積みかさねてきたので研究対象にめぐまれている関係で陸軍の管轄としたと述べ、諒承をもとめた。
 寺内は、陸軍が調査会の研究に全面的に協力すると約束した後、
「尚、一言すべきことがある」
 と言って、かれがこの調査会を設立した動機について率直な発言をした。
「私は、二十年来の脚気患者である。二十年前には脚気専門の漢方医遠田澄庵氏の診療をうけたこともあるが、その後は、今日まで麦飯をとりつづけてきている」
 寺内の演説に、森会長(=森鴎外)をはじめ委員にえらばれた陸軍衛生部員たちは表情をこわばらせた。
 寺内は、言葉をつづけた。
「私は、麦飯を効果があると信じているので、日清戦争の折、運輸通信部長の任にあったので、わが軍隊に麦食を支給した。ところが、軍医総監であった石黒(忠悳)男爵から、何故に麦を支給するか、麦飯が果して脚気に効果あるか、などときびしく詰問され、遂に麦の供給を中止したことがある」
 そこで言葉を切った寺内は、森(=森鴎外)に視線を走らせた後、
「当時、この席におらるる森医務局長なども石黒説賛成者で、私を詰問した一人である」
 と、言った。
 森は身じろぎもしなかったが、その顔からは血の色がひいていた。(下巻 P279)


 いやぁ面白いですね。森鴎外の非常に人間らしい側面が描かれています。綿密な取材を踏まえて執筆をしますし、わからないことはわからない!と『熊嵐』では荒涼とした三毛別の闇のようにぼっかりと描写の空白を作っていた吉村昭が、なんの資料も無くこういった肉付けをするとは考えられませんので、きっとこの場面の記録があって、森鴎外は本当にこんな風だったのだろうなと想像しています。


 嵐山光三郎文人暴食』の坪内逍遥の章で嵐山は森鴎外のことをこう書いています。

ドイツ帰りのケンカ屋鴎外はあたりかまわずつっかかる乱暴医師であった 

  要するに、才能もステータスもありながら少々「イキり」の過ぎた人物だったのでしょう。作品『舞姫』でも往訪で調子こいて舞い上がっているテンションと卑屈さのコントラストが描かれています。


 そんな森鴎外が、1914年(大正3年)に『安井夫人』を上梓しています。瞑目する8年前。題材となっている安井夫人とは高木兼寛と同じ宮崎県出身の近代漢学の祖である安井息軒のパートナーです。果たして文豪森鴎外高木兼寛との確執、脚気病の原因に関する議論、膨大な陸軍軍人の脚気病死者数を抜きにして『安井夫人』などという題材を選び得たでしょうか。


 私はなんとも深い業のようなものを感じてしまうのです。


【余録】
 少々森鴎外の話が膨らみすぎたので高木兼寛の歴史上のすれ違いをかいつまんでご紹介します。やっぱりエリートの出会いは凄い。


 薩摩藩の医学院で学ぶ兼寛が西洋医学の道に進むことができたのは明治3年(1870年)よりイギリス人医師ウィリアム・ウイリスに師事したからであるが、そのウイリスを招聘したのは大久保利通西郷隆盛である。(上巻 p163~)そのウイルスは1861年より駐日英国公使館付医官として日本で働いており、着任の翌年1862年には生麦事件に遭遇する。知らせを受けて現場に急行し、犠牲者の一人チャールズ・レノックス・リチャードソンの死亡を確認した。リチャードソンに止めを刺した海江田信義桜田門外の変井伊直弼の首級をあげた有村次左衛門の実兄。(上巻 p72~)


 明治8年(1875年)イギリスのセント・トーマス病院に留学。同イギリス派遣団にはイギリス海軍視察目的の東郷平八郎もいた。兼寛はセント・トーマス病院の看護師が優秀であることに感銘を受けるが当病院に付属する看護学校はその15年前の1860年にかのフローレンス・ナイチンゲールが創設したもの。(上巻 p265~)


 当時、原因不明であった脚気で軍人が多く死亡しており、海軍医務局副長であった兼寛はその対策として食料改良を導入するよう明治16年(1883年)に明治天皇へ上奏する機会を得たが、その口利きをしたのが伊藤博文。(下巻 p99~)


 海軍医の部下の仲介で資生堂創始者の福原有信と知遇を得て、明治20年(1887年)に帝国生命保険会社(現在の朝日生命)に出資し創設に参画する。(渋沢栄一の東洋生命保険は1936年に帝国生命保険に合併)(下巻 p187~)


 明治22年(1889年)10月18日、霞ヶ関海軍省へ人力車で移動中の兼寛が外務省の正門前に差しかかった時に、外務大臣大隈重信への爆弾による暗殺未遂現場に偶然居合わせ、大隈の応急処置を施す。(下巻 p216~)


 明治24年(1891年)、警察官である津田三蔵がロシア皇太子ニコライを切りつける暗殺未遂=大津事件(湖南事件)を犯したことをうけ、事件の翌日に皇太子の泊まっている京都の宿へ派遣され治療を申し出た。(下巻 p225~)

チャック・パラニューク著『ファイト・クラブ』

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 デヴィッド・フィンチャー監督の映画版が良すぎて原作小説は全くケアしていなかったのですが、これがどうも米国文学の「新しい古典」と評されているらしいことを聞き及び、ブレット・イーストン・エリス著『アメリカン・サイコ』と同じタイミングで購入しておりました。
 
 あららら・・・天才ですね、チャック・パラニューク
 
 テーマやメッセージもさることながら、散文小説の枠を奥歯をペンチで掴んでグラグラさせるみたいに揺さぶってくるその破壊力たるや。訳者 池田真紀子氏の仕事が良いと思います。改行、句読点、カッコの使い方が本当に上手い。2つの人格のせめぎ合いを記号的にも非常に良く表現できている。
 
 ちょっと愉快な爆薬は、過マンガン酸カリウムに粉砂糖を混ぜたものだ。要するに、燃焼速度の速い成分に、その燃焼を加速するための酸素を供給できる成分を混ぜるわけだ。すると瞬時に燃焼する。その現象は爆発と呼ばれる。
 過酸化バリウム亜鉛末。
 硝酸アンモ ニウムとアルミニウム末。
 アナーキズ ムのヌーベルキュイジーヌ
 硝酸バリウムの硫黄ソースがけ木炭添え。これが初歩的な火薬だ。
 どうぞ召し上がれ。(P266)

 

 こういったテキストが散りばめられた本作だけども、実際のところは厨二病患者がガンオタ、ミリオタの欲求をマスターベーション的に満たすようには書かれてはいない。本質的には厨二病患者向けの作品であるにも関わらず。なぜならフィジカルにまつわる卓越した表現をぶつけてくるからだ。その苛烈さや文字から読み取れる痛みは電脳空間で誰かに石を投げつけて溜飲を下げている人間には受け入れがたいと思われる。格闘ゲームを傍観しているような冷静さではそれは読み下せない。我が事として突きつけられるからだ。この小説を読んでいるあいだずっと問われ続ける。「お前はいま、ファイト・クラブに参加している」
 
 痩せた連中はどこまでも持ちこたえる。挽肉みたいになるまで闘う。黄色い蠟に浸したタトゥつきの骸骨みたいな白人、ビーフジャーキーみたいな黒人、そういった連中は、麻薬依存症患者更正会にいる骸骨そっくりにしぶとい。降参したとは絶対に言わない。まるでエネルギーの塊で、ものすごい速さで震えるおかげで輪郭さえぼやけている。彼らはみんな、何かから立ち直ろうとしている。自分で決められるのは死に方くらいだから、それならファイトで死んでやろうと思っているとでもいうみたいだ。(P198)

 

 ピンピンに研ぎ澄まされた言語感覚でアナーキズムと消費社会批判と信仰と父性喪失と2つの人格の主導権の奪い合いを描く。言葉の切り方と重ね方は非常に詩的。とはいえこの作品の中核は自己決定不能に陥った資本主義への無自覚な過剰適応への闘争であり逃走だ。
 
「若く強い男や女がいる。彼らは何かに人生を捧げたいと望んでいる。企業広告は、本当は必要のない自動車や衣服をむやみに欲しがらせた。人は何世代にもわたり、好きでもない仕事に就いて働いてきた。本当は必要のない物品を買うためだ」
「我々の世代には大戦も大不況もない。しかし、現実にはある。我々は魂の大戦のさなかにある。文化に対し、革命を挑んでいる。我々の生活そのものが不況だ。我々は精神的大恐慌のただなかにいる」
「男や女を奴隷化することによって彼らに自由を教え、怯えさせることによって勇気を教えなくてはならない」
「ナポレオンは、自分が訓練すれば、ちっぽけな勲章のために命を投げ出す軍人を作ることができると自慢した」
「想像するがいい。我々がストライキを宣言し、世界の富の再配分が完了するまで、すべての人々が労働を拒否する日を」(P213) 

 

 商業的、経済的システムを徹底して搾取的だと糾弾しながらそのカウンターとして悪ノリと自己破壊的暴力と左翼的階級破壊衝動を提示する。
 
 次に引用する2つのパラグラフが自分にとっては本作の真髄だと思っている。知的でジョークが効いていて、既得権益層がふだん想像だにしない社会生活の要素を人質に世の中に対して闘争を仕掛けている。「なめんなよ、俺らを」と。その準備を睡眠なのか無意識なのか曖昧な状況の中で徹底したリアリズムと知性と暴力的思考をもって着々と進めているところが、全てが描かれていないだけに読者が悶絶するほど興奮するところではないだろうか。
 
 あいにく、自動フィルム繰り出し・自動巻き取り機能付き映写機を使う劇場が増えるにつれ、組合はタイラーをさほど必要としなくなった。というわけで支部長閣下はタイラーと話し合いを持つ必要に迫られた。
 仕事は単調だし、給料は雀の涙ほどだから、全米連合および映写技師映写フリーランス技師組合地方支部支部長閣下は、巧みな言葉使いを用いて、支部の判断はタイラー・ダ ーデンの今後を思ってのことだと言った。
 排斥とは考えないでくれ。ダウン サイジングだと思ってくれ。
 支部長閣下は臆面もなく言った。「組合は、組合の成功におけるきみの貢献を評価している」
 いや、おれは恨んだりしないよ、とタイラーは愛想よく笑った。給料支払小切手が組合から送られてきているあいだは他言しない。
 タイラーは言った。「早期退職だと思ってくれ。年金つきの早期退職」
 タイラーが扱ったフィルムは数百本にのぼる。
 フィルムはすでに配給元に返されている。フィルムはすでに配給会社に返却されている。 コメディ。ドラマ。ミュージカル。 ロマンス。アクション。
 タイラーの一コマポルノが挿入されたまま。
 同性愛行為。フェラチオ。クンニリングス。SM。
 失うものは何もない。 おれは世界の捨て駒、世の全員の廃棄物だ。(P158)

 

「忘れるなよ」とタイラーは言った。「あんたが踏みつけようとしてる人間は、我々は、おまえが依存するまさにその相手なんだ。我々は、おまえの汚れ物を洗い、食事を作り、給仕をする。おまえのベッドを整える。睡眠中のおまえを警護する。救急車を運転する。電話をつなぐ。我々はコックでタクシー運転手で、おまえのことなら何でも承知している。おまえの保険申請やクレジットカードの支払いを処理している。おまえの生活を隅から隅まで支配している。
 おれたちは、テレビに育てられ、いつか百万長者や映画スターやロックスターになれると教えこまれた、歴史の真ん中の子供だ。だが、現実にはそうはなれない。そして我々はその現実をようやく悟ろうとしている」とタイラーは言った。「だからおれたちを挑発するな」
 本部長は激しくしゃくり上げ、スペース・モンキーはしかたなくエーテルの布を強く押しつけて完全に失神させた。(P238)
 

 

 おまけに、この作品世界ではタイラー・ダーデンのカリスマ性を非常に現代的な思想で否定してみせる。それを「ぼく(眠っていない時の主人公)」との綱引きと同じくらいのウェイトで、みずから組織したファイト・クラブとのマウントの取り合いをやってみせるのである。
 
 今後、新たなリーダーがファイト・クラブを開設し、地下室の真ん中の明かりを男たちが囲んで待っているとき、リーダーは男たちの周囲の暗闇を歩き回ることとする。
 ぼくは訊く。その新しい規則を作ったのは誰だ? タイラーか?
 メカニックはにやりとする。「規則を作るのが誰か、わかってるだろうに」
 新しい規則では、何者もファイト・クラブの中央に立つことは許されない、とメカニッ クは言う。中央に立つのは、ファイトする二人の男だけだ。リーダーの大きな声は、男たちの周囲をゆっくりと歩きながら、暗闇の奥から聞こえてくる。集まった男たちは、誰もいない中央をはさんで正面に立つ者を見つめることになる。
 すべてのファイト・クラブがそのようになる。(P203)
 チャック・パラニュークはこの時点で自ら創作した魅力的な主人公を押さえつけファイト・クラブを「プラットフォーム」化させている。いくら働き者のタイラー・ダーデンでも仕組み化無しにカリスマ性だけで米国中のおにーちゃん達を組織化できない。カリスマ的中央集権を引用の部分では驚くべき明朗さで否定している。
 
 経済学的にも政治思想的にも組織論的にも非常に示唆に富んだ小説だ。
 
 消費経済の暴走にカウンターを当てながら、主題となるアナーキズムの暴走を突き放したように客観視する。
 
騒乱プロジェクト強襲コミッティの今週のミーティングで、銃について必要な知識をざっと説明したとタイラーは言う。銃がすることは一つ、爆風や爆圧を一方向に集中させることだけだ。(P168)

 

 幾重にも張り巡らされた冷めたメタ認知が描く暴力=自己破壊による自己決定権の回復。文章を訓練しただけじゃ書けない小説です。

映画『THE LIGHTHOUSE』ロバート・エガース監督

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 映画に殺されるかと思った・・・
『THE LIGHTHOUSE』ロバート・エガース監督、ロバート・パティソン、ウィレム・デフォー主演
 二日前の日曜日に観てきたのですが、ダメージが大きすぎて触れる気にもなれなかった映画です。興味本位で観るもんじゃないですね。昨年のトラウマ映画『異端の鳥』なんてこの映画に比べたらハートウォーミング・ロードムービーです。なんなら『ニーチェの馬』は歯医者のモニターで流してもいいくらいの癒やし系環境ムービーに思えます。
 凄まじい映画でした。これから書くことで誤解を招かないように先に申し上げますと「大傑作」です。こんな映像作品をたかだか千円、二千円のチケット代で鑑賞できるなんてホントどうかしてると思います。
 映画の印象を一言で言えば「不愉快でとにかく怖い」です。映画を観たあとに自分がどういう感覚に陥ったかというと、ビジネスの関係でとある60代男性の武道経験者と面談をしたあとの気持ち悪さとそれは似たようなものでした。彼は多弁で支離滅裂、そして何かしらへの強烈な劣等感の裏返しだと思われる自己顕示欲と攻撃性を身にまとっていました。ビジネスライクな友好的態度に隠した暴力性と粗暴さが、隠しているわりには鼻につき、ただ仕事の話をしただけなのにこちらの自我を削り取られるようなダメージと、自分の安全圏を守り抜けなかったという恐怖と後悔が1週間ほど自分の皮膚にまとわりついたトラウマを想起させたのです。
 35mmに焼かれたモノクロームの美しい風景はしかし猛烈に荒れ狂っていて、主演二人の超絶技巧の演技合戦は気狂いの二丁掛けだから収拾がつく気配がないし、屈折したホモエロティシズムや異形への欲情やアルコール依存で立ち上がってくる幻覚はおぞましく、定期的に挟んでくる低音の霧笛はラヴクラフト的悪魔の呼び声のようで、かたやカモメや異形の鳴き声は狂気としか言いようのない不愉快な高音で鼓膜を攻撃してきます。これがスクエア画角の閉塞感のなかに繰り広げられる。
 ストーリーは、BLに昇華しきれないこじれた男二人がチャック・パラニュークファイト・クラブ』のノリで高村薫 『神の火』を繰り広げるというもの。
 この映画を観る直前にチャック・パラニューク原作の『ファイト・クラブ』を読んでいたのは僥倖でした。主演二人のマウントの取り合いが、権力闘争であるにせよ、その土俵がどちらが正気を保っていて、どちらが真実に基づいた発言をしているかに集約されているところが非常に興味深い点でした。外界から隔絶された環境で「どちらが本当らしいことを言っているか」でケンカするのです。
 これは非常に面白い設定です。
 なんせ唯一のエビデンスらしきものがウィレム・デフォー演じるベテラン灯台守の付ける日誌くらいしかない。これは新米ロバート・パティソンが嘘ばっかりだと食ってかかって、鑑賞者にはもう一体なにが本当でどっちに肩入れしてよいのか分からない脚本が波しぶきと雨と汗と低品質な蒸留酒と排泄物まみれで進行するのです。
 
 審判不在。
 
【ここからネタバレ注意】
 ここでチャック・パラニュークファイト・クラブ』を読んでいた下地が活きてきました。映画版ではエドワード・ノートンとブラッド・ピッドのキャラ立ちまくりの二人がヒロインと「自己決定権」の争奪戦をしていましたが、原作小説ではもう少し「ぼく」(映画版でいうところのエドワード・ノートン)の視線が強い。この映画『The Lighthouse』においても気狂い二人の主導権争いの体を装って、その実は新人君ロバート・パティソンのワンサイドの現実解釈物語のようなのです。
 冒頭で「気狂い二丁掛」と表現しましたが、果たしてウィレム・デフォー演じるベテラン灯台守は本当に狂っていたのか? 鑑賞後数時間経って記憶を辿ってみると、ウィレム・デフォーの狂気が表現されているシーケンスは新米ロバート・パティソンと一緒に島に入った初日か二日目の灯台の灯に対する異常な執着くらいしかありません。そこはあきらかにロバート・パティソンの主観から離れた表現がされていますが、それ以降は狂気のフェードインとも言うべきかロバート・パティソンの現実認識の上書きが始まっているようなのです。パワハラ体質なのは事実のようですが、私自身は「真鍮を磨け!」のセリフにウィレム・デフォー演じるベテラン灯台守のプロフェッショナリズムを感じます。つまり、ぐっと真実をウィレム・デフォー世界に寄せて考えるのです。
 そうなると、振り返ってこの映画のストーリーを総括すると、「ここではないどこかであれば自分は活躍できる」と勘違いしたポンコツが過去の過ちの自己認識をこじらせたまま、そしておそらくアルコール依存の問題を引きずったまま、新しい環境の下ベテラン灯台守と働くことになったのだけども、その根拠なき自信が屈折と狂気も蓄えてベテランと密室を飲み込んでしまったという話ではないかと解釈しています。
 警句的なメッセージとして、暴力に頼る解決はひたすら空虚だと訴えながら。

森鴎外『舞姫』

想像以上の男のクズの話でした。男前だろうと頭よかろうと、「こんおとこはすかん!(宮崎弁)」。金原ひとみに言わせると「オートフィクション」なんでしょうね、森鴎外の半自伝的小説。
主人公である太田豊太郎のドイツ人女性エリス(設定は未成年)の扱いも後半にグダグダになっていって、同じ男性として全く同情できないどころか女性関係にだらしない自分でもそこは糾弾したくなる酷い顛末なのです。映画『アデルの恋の物語』くらい女性が攻めていればまだ救いの余地もあったのでしょうが、太田の子を身籠ったエリスが「あなたのような黒い瞳の子が生まれるのが楽しみ」だと愛を訴えているのに、仕事を優先してエリスを切り捨てるクズ男太田。僕は完全に『舞姫』太田よりドストエフスキー『白夜』の主人公青年に共感の意を示します。
梶井基次郎檸檬』前半の街なかを歩く主人公の寄る辺なさの表現が大好きなのですが、こちらも、作品前半の国を背負った特権意識を盾にヨーロッパで片意地張っている様が痛々しいです。それを上手に書けけたのも森鴎外の才能故ですし政府の仕事で海外留学できたのも森鴎外の努力と学識あってのことでしょう。だけどそれ以上に当時の欧州でのアジア人の卑屈が身につまされます。ちなみに谷崎、夏目、梶原らは全然問題無いのですが森鴎外の文体だとオーディオブックで聞くのはキツいです。なるほど、意識高い系なのですね、森鴎外
話は少し飛躍しますが、戊辰背戦争~西南戦争、日清、日露にかけて兵隊が脚気でたくさん死んだのですけど、森鴎外はそれを伝染病と言い張っていました。それに反論していたのは我らが郷土宮崎出身の高木兼寛です(参考:吉村昭『白い航路』)。森鴎外のドイツ医学理論派と高木兼寛のイギリス実践医学派の対立とも捉えることが可能です。結果、高木兼寛のほうが正しくて、森鴎外のせいでたくさんの兵隊が死んだことになり、高木兼寛は「ビタミンの父」と呼ばれるようになりました。ただ本人は脚気の原因を栄養素不足とまでは特定できていたのですが、特定のビタミンとまでは断定できていなかったのです(炭水化物の摂り過ぎ、タンパク質不足と考えていた)。

高橋ユキ 著『つけびの村』(晶文社)

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TBSラジオ製作のオーディオムービー『つけびの村』の原作がノンフィクションと知って読んでみました。
2013年7月21日、山口県周南市の山間にある限界集落で保見光成(事件当時63歳)が起こした、集落住民12人のうち5人が殺害された連続放火殺人事件を扱っています。
テーマとして、過疎地の粘着した人間関係、信仰、風俗史、経済困窮、高齢社会、Uターン移住者の疎外感、妄想性障害、裁判、死刑制度・・・などなどがありますが、筆者が現地の資料、文献を丁寧にあたり地名の由来、人口動態、産業の推移、祭りの歴史などをかなりのボリュームをとって解説することで日本の地方集落の姿を立体的に浮かび上がらせる努力に好感しました。
サブタイトルにもあるようにこのルポでは「噂」が重要な要素です。あとがきで筆者本人がそれに言及しています。筆者は保見の妄想性障害を加速させたあたかも土地に備わる装置のような「噂」の暴力性を遠回しに非難し、また、事件直後の報道やSNSで拡散される表層的なイメージに対するカウンターとして現地に入り、取材し、文献調査をしたうえで、読んだ私には学術的にも思えるほどの慎重さをもって金峰地区の自然風土、歴史風俗、そして生々しい高齢者達の暮らしをレポートしているのです。
筆者はもともとジャーナリズム畑の人ではありません。裁判傍聴マニアがその切り口でフリーランスのライターという職業に行き着いた人です。だからでしょうか、金峰の村を歩く足取り、息切れ、まとわりつく羽虫の鬱陶しさが生き生きと伝わってくる「良い意味での素人らしさ」が文体に現れてきて、だからこそ噂と事実を切り分ける必死の取材風景や、逡巡し悩みながら書き上げていった文体が迫真を持ってせまってくるのです。
死刑判決の出た事件を扱ったルポなのに、フェアであろうとする著者の職業人としての姿勢が作品になってしまっている興味深い一冊でした。

長谷部恭男『憲法とは何か』岩波新書

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もともと改憲護憲に問題意識があって手にとったわけではなく、加藤陽子東大教授の『それでも、日本人は戦争を選んだ』(新潮文庫)に「長谷部先生は、この本のなかで、ルソーの「戦争及び戦争状態論」という論文に注目して、こういっています。戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の憲法に対する攻撃、というかたちをとるのだと。」(P.49)という言及があって興味を持ったのがきっかけでした。もちろん改憲は国家の一大事ですよ。
今日の朝から読み始めて昼過ぎには読み終えるくらいのボリュームです。いや、面白かったですね。知的冒険を堪能できました。
私が気になった内容を箇条書きで紹介します。
立憲主義とは価値観や世界観の衝突を避ける中途半端な煮え切らない立場を敢えて選ぶということである。
立憲主義が公権力の制限を課すのは、野放図な公権力よりも、制限を課された政治権力のほうが長期的に理性的な範囲内で強力な政治権力でありえるという「プレコミットメント」という考え方から来ている。
日本国憲法九条による軍備の制限というのは政治のプロセスにおいて軍の存在が民主政治の効果的な実現の妨げになることを回避するために、軍の正当性をあらかじめ剥奪して選択肢の幅を制限するという狙いがある。
憲法改正のハードルが高く設定してあるのは、もっと実行的な立法や行政で問題解決をすることへ政治的リソースを集中させるためである。
・日本の公務員に課せられているのは「美しい国」への忠誠ではなく憲法の遵守である。
・フィリップ・バビット教授(米テキサス大学)によると冷戦は第一次世界大戦を端緒とした極めて長期に渡る大戦争(The Long War)の一環である。そしてそれは共産圏が議会制民主主義を導入するという憲法改正によって終結した。
第一次世界大戦より「総力戦」となった戦争形態は大量の国民の動員を強いるために、その納得性を高めるべく国民の政治参加を拡大させ政治の民主化を押し進め、国民全体への福祉の向上を導いた。
・機会の拡大と引き換えに各個人へ責任を転嫁していくいわゆる新自由主義的な福祉国家としての任務分担を放棄する国家観では国民に国家を「愛する」よう仕向けることは難しいであろう。
この本を一冊読んで理解できたのは、自民党の思想というのはそもそも立憲民主主義とは相容れないものに変質しているなということです。だからといって彼らが躍起になっている憲法改正というのは日本国憲法の理念である立憲民主主義を本気で攻撃しようとしているのでもなさそうだと感じています。だってそんなことを本気でやろうとしているのであれば米国に追従して対中国戦線で矢面に立つ自家撞着はごまかしが効かないほど重大なものだからです。内実はともあれ、憲法という看板で立憲民主主義をかなぐり捨てることはないでしょう。
ただただ、さしたる覚悟もプランも国家観もなく、戦争のできる国に、核軍備できる国にしたいだけなんでしょう。