ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

『ノマドランド』映画・MOVIE

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映画『ノマドランド』をTOHOシネマ ユニモちはら台で観てきました。

 

やられましたね。講釈不要。完全に油断していました。強い、本当に強い映画です。悲しいことが起こっている訳ではないのに涙が溢れてくる。この作品はぜひスクリーンで。満足度たかーーーい!!

 

アクション無し、ロマンスほぼ無し、ストーリーほとんど無し、プロの役者は二人だけ。ところがこれがね、すんげー映画でした。訥々としたセリフ、ぶっきらぼうにも感じるカメラワーク、美しいけどロングショットの風景はほとんど動かない・・・ところが、一瞬でさえ退屈さを感じることがありませんでした。脚本の展開を先読みするようなメタ鑑賞者の自分が意識されることも一切なく、久々に物凄い没入感でラストまで心と体を映画にまかせてしまった感じです。

 

資本主義社会への説教くさい批判も一切しない(とはいえAmazonはよく撮影協力したよな、これ)。経済システムの労働搾取を悪し様に語ることもせず、定住生活の居心地の悪さも描きながら「街場」への未練というか惜別の感情が出ているショット平行して配置されていて、否定も肯定も観るもの次第の本当にバランスに優れた素晴らしいタッチでした。『ファーナス』や『MUD』でも自分の知らないアメリカがあるんだなぁと思いましたが、本作でもその印象が強いです。

「あ、『ギルバート・グレイプ』で押し寄せていたのは金持ちやったんや」と。

 

厳しくも美しい自然への回帰という生き様が一番強いメッセージなのかもしれません。でも私にはそれさえも敢えて控えめに描いているように見えました。スピリチュアルでカルトな世界に足を突っ込むような危うさなんて全くありません。アメリカの自然の素晴らしさを映像に詰め込んでおきながら、道具や車といった工業製品への思い入れや酒場やエンタメへの愛着、スマホSNSの便利さを一切否定しない。そういった、生き様をあるがままに書くための視点のフェアさというのがこの映画の強さにつながっていると思います。

 

そのフェアネスが強く感じられるのは、車上生活者の「トイレ問題」を繰り返し唐突に繰り出してくるところです。『ストレイト・ストーリー』や『世界最速のインディアン』のようにロード・ムービー的「いい話」をプレゼンすることははなから強い意志で否定しているように感じます(上述の2作品は本当に好きな映画です。誤解のなきよう。)。私自身がこの映画を観て感動したからといってキャンピングカーのウェブサイトを見に行く気分には全くなりませんでした。だってこれはライフスタイルの話ではなくて「生き様」にまつわる問題提起だからです。劇中でも車上生活の上級者が初心者に講演する際にもメリット、デメリットを敢えて並べて何かしらの信条やコマーシャリズムへ肩入れすることを意識的に回避する姿勢を強く感じるのです。

 

では私がこの映画を観て一番意識に上ったのは何かというと、人間社会における「縁」というものの扱いについてでした。

 

ジョン・スタインベックアメリカで起こった1930年代の世界恐慌を背景にした農民家族の困窮とトラックによる旅を『怒りの葡萄』で発表したのが1939年。ヘンリー・フォンダ主演で映画化されたのが1963年。この作品では困難を乗り越える家族の絆が描かれ、義憤に駆られ殺人を犯したヘンリー・フォンダアウトサイダーとなり家族と離ればなれになりますが、そこに悲壮感はあまり感じられません。

 

今度は逆に、資本が膨張した世界で成金エリートが「縁」を求めて病的な精神性を獲得してしまうという話がブレット・イーストン・エリスの書いた1991年の『アメリカン・サイコ』です。クリスチャン・ベール主演で映画化されたのが2000年。この作品の主人公はどえらい金持ちです。だけど内面は空虚で虚栄心と劣等感に満ち、周囲の同僚たちに溶け込むために無理を重ねてバーヤーな精神状態に陥ってしまいます。金はあって経済システムには完全適合しているけど、人間らしい「縁」の一切無い青年の話。

 

そして本作。2002年にエンロンが破綻、2008年にリーマン・ブラザーズが破綻して、映画『ノマドランド』の作中の年代設定は2011年だったと思います。原作はジェシカ・ブルーダー「ノマド:漂流する高齢者たち」というノンフィクションです。映画では現行の経済システムが傷んで、雇用や社会福祉から周辺化した高齢者たちの「無縁化」が描かれていました。未読ですが原作者のインタビュー記事を読むと原作ではもう少し経済的・雇用に対する問題意識が強そうです。ただ映画の方ではもっと人間味の強い「思い出や土地への執着」からいかに自由になるかというところに重きを置かれているように感じます。その結果としてのノマドという生き方や死に方であり、それはとても主体的で理知的であり、亡くなった夫という「縁」から切れるという行動でありながらエミール・ハーシュ主演の『イントゥ・ザ・ワイルド』ほどに孤高ではなく、人の親切も上手に受けつつ、『リービング・ラスベガス』のように破滅的でもない。

 

作品中、フランシス・マクドーマンド演じる主人公ファーンには何度か定住生活に復帰するチャンスがありました。ところが彼女はノマドとしての生き方を選択していきます。その姿がひたすら主体的で人生に積極的な人間の姿として映るわけです。決して逃避ではない。

 

中世歴史学者網野善彦という人がいて、日本にも無縁社会というセーフティーネットがあることを説いています。たとえば江戸幕府体制下にも縁切寺や無縁寺というのがあって、離婚を望む女性はその寺の敷地に自分の身につけている草履や櫛を投げ込めば追手はその女性に手出しできなくなるという仕組みが機能していたというのです(参照『無縁・公界・楽』平凡社)。東大教授の安冨歩も著書『生きるための日本史』の中で網野の論を引いて日本中世期の牢獄の機能を紹介しています。死刑に値する罪を犯した人間は領主のもとに逃げて自らすすんでそこの牢獄の中に入るというのです。なぜなら牢獄の中で3年とか5年の間、世間から「縁」を切ってしまうと「もうこの人は殺しちゃダメよ」という敗者復活宣言がなされるというのです。

 

結婚生活や犯罪。シャバで生きているうちに重荷になったシガラミ=「縁」を切るためのセーフティーネットが日本中世期に機能していたという話をこの映画を観ていて強く思い出しました。人の縁は大事にしなさいと教えられて育ってきましたが、それが生きていくうえで荷物になって邪魔ならばそれを捨てる方法論があってもいいでしょう。それを資本主義経済化の現代アメリカで決してエキセントリックなものでもなくお金もかけないで出来る方法があるよ、そう教えてくれている映画だと思ったのです。自分の、疲れて傷ついた魂を癒やしながら胸を張って誇り高く生きていく方法があるよ、と。あくまでも一つの選択肢だけどね、そう但し書きをつけながら。スワンキーの送ってきた動画を観ながら、ノマドの言わばメンターな立場にあるボブ・ウェルズの身内に関する述懐を聞きながら、この映画は、あなたを傷つけたりいじめたりする環境から距離を置くことは恥ずかしいことではないし、もしもうあなたが傷ついた魂に苦しんでいるのならば旅をするということは有効な癒やしの手段であると教えてくれているのだと思いました。

 

最後に、本作、中国人監督のクロエ・ジャオ氏の凄腕が光りまくっていると思います。それに対して恐縮なのですが少しうがった分析をいくつか。

 

全体的なテイストがとにかく『WALKABOUT/美しき冒険旅行』を想起させます。フランシスの川での水浴びカットなんてまさに狙っていると思いました。そして、タバコとライターのやり取りが印象的なカウボーイハットの青年はどうしたって『イントゥ・ザ・ワイルド』のエミール・ハーシュを連想するのです。彼女の話なんかしちゃったりして。そして本作の見せ場の一つであるバッドランズ国立公園の場面、デイヴ(デイヴッド・ストラザーン)に「なにか素敵なものでも見えるのかい?」と呼びかけられる前までのフランシスの不可思議な動きと公園の風景はガス・ヴァンサントの迷作『Gerry/ジェリー』の寄る辺ない不安感が強烈にフラッシュバックしました。

クロエ・ジャオ監督は感性タイプではなくて、勉強家の秀才肌なのだろうなと思った次第です

 

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