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ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

本・book 『駆込み訴え』 太宰治

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 休日に、仕事をしようと一旦椅子に腰掛けましたが、先週のイカ釣りで波に足をすくわれ、横転した時に打った左脇の下が痛んで辛かったので、iPad持ってベットへ逆戻り。

 会社の同僚の女性に薦められた太宰治の「駆け込み訴え」を読んでみました。

 

 同僚女性から勧められたのはこの「駆け込み訴え」と中島敦「悟浄歎異─沙門悟浄の手記─」。自分としては家族愛と人生の希望に満ちた「いい話」として映画「ひかりのまち」(マイケル・ウインターボトム)を彼女に勧めたのですが、鑑賞後の彼女の感想は劇中の登場人物のダークサイドにまつわるところに集中し、「君の鑑賞は肯定的すぎる、これを読んでもっと人間の汚さを勉強しなさい」、と諭されてしまったのです(笑)

 

 この太宰の短編は、キリストの弟子であるユダがまさしくキリストを裏切ろうとしているその心のうちを一気に吐露している様(駆け込み訴え)を書いたものです。

 

 キリストだとかユダだとか、そんな説明が無ければ、以下の引用がキリストへ向けられたものだとは俄かに信じ難いのではないでしょうか。

 

『それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままで嘗つて無かった程の異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、更にあの人の幽かに赤らんだ頬と、うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、はッと思い当ることがありました。ああ、いまわしい、口に出すさえ無念至極のことであります。あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、では無いが、まさか、そんな事は絶対に無いのですが、でも、危い、それに似たあやしい感情を抱いたのではないか? あの人ともあろうものが。あんな無智な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取りかえしの出来ぬ大醜聞。私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります。自分でもそれを下品な嗅覚だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります。』

 

 あの聖職者をこれほどまでに肉感的に語る太宰の視点も素晴らしいし、自虐的なユダの自己分析の下世話加減が、太宰の自己投影なんていう分析を通り越して、その人間らしさに愛らしささえ感じてしまいました。

 

 作品中盤までキリストへのコンプレックスの狭間でユダは揺れ続けます。その心情を書き連ねる太宰の筆は乗りに乗って、ユダの心の振り子を大きく片側に寄せ切った時、彼はスコンっと絶妙に「落とす」のです。

 

 これまでみなさんも、恋愛のうえで(もしかしたら結婚生活でも…)「魔法が解けたような瞬間」を経験したことはありませんか?

 

 

「え、なんで今までこの人のこと、あんなに好きだなんて思ってたんだろう?」

 

 

 あの瞬間です。

 

 

 太宰は読者をぶんぶん揺さぶって、そして突然一歩引いた筆致で冷たく断じるのです。

 

『私は、それを思った時、はっきりあの人を諦めることが出来ました。そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことが出来ました。』

 

 

 愛憎の層が「遷移した」瞬間。

 

 ドラマチックでダイナミックな短編中に差し込まれた鋭利なナイフ。

 

 

 

 いやぁ朝から良い心の運動になりました。