ろぐの垂れ流し

LOVE定額の相手に着信拒否されたことあるか?!

十三人の刺客(1963) 

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十三人の刺客』 1963年 日本 125分

監督: 工藤栄一
出演: 片岡千恵蔵  島田新左衛門

    里見浩太郎  島田新六郎
    内田良平   鬼頭半兵衛
    丹波哲郎   土井大炊頭利位
    嵐寛寿郎   倉永左平太
    西村晃    平山九十郎
    月形龍之介  牧野靭負
    河原崎長一郎 牧野妥女
    水島道太郎  佐原平蔵
    加賀邦男   樋口源内
    沢村精四郎  小倉庄次郎
    阿部九州男  三橋軍次郎
    山城新伍   木賀小弥太
    菅貫太郎   松平左兵衛督斉韶
 

2010年リメイクが大好きな『十三人の刺客』、1963年のオリジナルを観てみました。

 ・・・だけども残念ながら、僕には三池崇史2010年版の方が面白く思えました。

 片岡千恵蔵が劇中で言った通り、刀で殺し合いをしたことがある人間なんていない時代の侍の集団闘争がクライマックスに据えられていて、彼らといえどもいざ殺し合いの場に立てば剣道修行なんて頭らか離れて無様で悲惨な茶番に陥るというのは本作の大事なテーマだと思っています。だから野球バット振るような刀の扱いや、刀を振ったあとにピョンっと後ろ足が跳ねてしまうような滑稽な役者の所作なんかは敢えてのリアリティだと思って納得ずくで観ていました。本作で最も冴えわたる剣技を持っているらしい西村晃演じる平山の実戦でのわやくちゃぶりも、その演出の延長戦上にあればこそ。

 しかしどうしても時代的・技術的制約以外の部分で絶対的にこの映画のアクションシーンは丁寧さが足りないと感じられたのです。日本刀のチャンバラはまだしも、槍で突く動作になんかに軽さがどうしても目につきます。高所から丸太を落とすシーケンスでも「おいもっと直接的にダメージを与えられる設置場所とかタイミングとかがあるでしょ!」と突っ込みたくなります。そもそも、あれだけうまい事隘路に敵を誘導できる街道の設計ができていたのであれば火と油を使わないのはなんとも不合理。それくらい明石藩は地理的に追い込まれていたはず。油が手に入らなかったのか、宿場が燃えてしまうのをためらったのか。それも金に物言わせる片岡千恵蔵の段取りからすると矛盾を感じざるを得ない。それらの点については三池崇史版は偏執的なほど緻密に構成していました(ぶっ飛んだ蛇足も多い映画ですが)。本作の鑑賞後、その点においてどうしても三池崇史版を高く評価していたのです。

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 そう、片岡千恵蔵と言えば、明石藩が宿場に着いてからもずっと庄屋の屋敷の様なところで宿場の見取り図を見ながら戦況の報告を受けておりました。・・・おいおい十三人しかいねぇんだろ!現場行けよ!! 千恵蔵さんのとなりには嵐寛寿郎演じる倉永が控えており、戦況を報告に来るものが時折屋敷に入ってくる。ということは13人しか手勢をそろえられなかったのに3人も現場から遠ざけているっていうことになりますわな。多数の敵と対峙している他のメンバーはこれに納得しているのかしら。宿場を見渡せる櫓組んどきゃリアルタイムで戦況把握と采配ができるだろうに。

 それに比べると、敵方のリーダー内田良平演じる鬼頭半兵衛の泥臭い働き者っぷりと言ったら!(本当の意味で言えばお殿様の松平斉韶が一番偉いけど、彼はポンコツでただのお荷物) すっかりカオスに支配された宿場で上司を逃がすためにバシバシと意思決定を下しながら本人も刀を振るい奔走します(半分ぐらい罠のある方に行っていますけど)。中盤に片岡千恵蔵演じる島田新左衛門が鬼頭半兵衛を「手ごわい相手だ」と認めているシーンがあります。侍として筋の通った強敵である、と。そんな前振りもあるので、給与所得者の小市民である自分なんかは俄然、鬼頭半兵衛を応援したくなって話の筋をどう追っていいのか混乱を来すほど。生きろ!半兵衛!!

 泰然としつつ腹に据えた覚悟をもって事に当たる刺客のリーダー島田新左衛門と、邪悪なうえに小物っぷりも味わい深いポンコツ上司である松平斉韶をなんとか明石まで帰そうと奮闘する武闘派官僚のような鬼頭半兵衛。この二人のコントラストを強めるために島田新左衛門(片岡千恵蔵)はラストのラストまで刀を抜かせてもらえなかったのか。それもあるかもしれないけども、この作品にはもう一つ大事なテーマがあるように思われました。

 島田新左衛門も鬼頭半兵衛も、自分の役割というものを組織でのポジションや偉いさんへの忖度や職掌のようなもので決めていません。セリフとして出てくる「侍の一分」なんていうタテマエというかキレイゴトさえも、突き詰めていくと二人にとってはどうでもいいこととして生きているように見えたのです。二人には、生きる理由も死ぬ理由も「外(そと)」には無さそうなのです。とても純粋で内発的な動機をもって侍として働いているように映りました。

 島田新左衛門にとってそれは逆境を楽しむような勝負師の静かな倒錯性だし、鬼頭半兵衛にとっては職業人としてのばっちばちのプライドだったと見ました。

 ラストでその二人が対峙する時に島田新左衛門は鬼頭半兵衛の「役割」を尊重し、全うさせました。もちろん自分の「役割」も果たし、それを部下にやらせたがために部下のその後に禍根を残さぬよう自分一人で始末を付けたのです。そのためにあの場でずっとその機会を待っていたのか!

 なんと、この文章を書きながら脳内再生をしてみると恐ろしく良くできた脚本ではないですか。

 自己の矜持や信念に拠らず、何事も空気や同調圧力に負けて判断を下し、その結果からも逃げ回る現代人に対してこんなに辛辣な脚本もないでしょう。死んじゃおしめぇよ、とは言いますものの、『死んでるみたいに生きたくない』と渡辺美里も歌っています。刀で切った張ったをするよりも、もっともっと緩やかな死を迎えている人たちって今の世の中には相当数いるような気がしてなりません。

 当時、この作品は時代劇の「型破り」でした。
 「破」ったのはチャンバラの型でした。劇中の侍たちの戦いは滑稽なほど格好悪くて混乱している。
 ところが、人物の書き方や筋書きはとても繊細で王道を行くもの。

 そして三池崇史監督は1963年の工藤栄一版『十三人の刺客』が破綻させた集団チャンバラをしっかりと再構築し、起用した役者たちの現時点におけるポジションを絶妙のバランスで暴走させています。

 前言撤回します。どちらも歴史に残る名作でした。

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『シング・ストリート 未来へのうた』

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監督: ジョン・カーニー
出演:
フェルディア・ウォルシュ=ピーロ    コナー
ルーシー・ボーイントン                        ラフィーナ
マリア・ドイル・ケネディ                    ペニー
エイダン・ギレン                                    ロバート
ジャック・レイナー                                ブレンダン
ケリー・ソーントン                                アン
ベン・キャロラン                                    ダーレン
マーク・マッケンナ                                エイモン
ドン・ウィチャリー                                バクスター

 

『シング・ストリート 未来へのうた』を観ました。

 かなり久しぶりの映画鑑賞です。ずっとオリジナルのSUITS観てたんですが、アメリカのドラマは中毒性高過ぎて危険。時間がいくらあっても足りない!! で、映画に戻ろう!ってことでどの映画を観るかなと悩んでいました。いきなり重いのも辛いし、かといって多少心に引っかき傷でも残してもらわないと連続ドラマに戻りかねない・・・。

 で選んだのが本作。公開当時に評判が良かったので気になっていました。ジョン・カーニー監督の『はじまりのうた』が大好きだったので。この映画も監督得意の音楽映画ですけど、音楽も万能じゃないっていうほろ苦さを残すストーリーはあざとくなくて良かったです。

 それと、イギリスやアイルランドの映画って、特に不況を描いた作品では生々しいほどの人間関係をえぐるけども(それが代え難い魅力でもありますが)、本作はそこに重点を置かずに割とサラッと描いている。好き嫌いの問題だと思いますが、自分には良い塩梅でした。なぜかというと、繰り返されるボケのパターンや大人のオモチャなんかのネタの散りばめ方が上手でそれがすごく楽しめたから。あまり湿っぽいところに意識が集中し過ぎなかったのは鑑賞にプラスだったと思うのです。

それに、主人公とヒロインの未来を暗示するラストをあんな描き方するつもりだったら、せめて中盤はカラッと作りたかったに違いない。

 

 話は少し逸れるのですが、バンドメンバーのキーマン(メガネの彼)が『ハイ・フィデリティ』のジョン・キューザック若かりし頃に思えて仕方がない。そして主人公のお兄さんはハイ・フィデリティのジャック・ブラックの若かりし頃に思えて仕方がない。
つまり、僕には『ハイ・フィデリティ』のあのレコード屋の店員がアシストした青春ラブストーリーとして楽しめたのです。

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『ハイ・フィデリティ』のジョン・キューザック(左)にジャック・ブラック(右)

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本作でエイモンを演じるマーク・マッケンナ。笑いの半分は彼起点。

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主人公のお兄さん役ジャック・レイナー。『リトル・サンサー』のお兄さんを彷彿させるラストシーケンス。



 最後に、この映画のラストの描き方に魂が震えました。貧乏や大人の支配に立ち向かうために若さと行動力と音楽は武器にはなれど万能薬ではないという暗示。未来に挫折が待っていたとしても自分で見て触ってみるまで立ち止まりたくないという愚直さ。


 お幸せ駆け落ち映画じゃない展開は流石です。

『エル / ELLE』(2016年フランス)

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監督:  ポール・ヴァーホーヴェン
原作:  フィリップ・ディジャン『エル ELLE』(早川書房刊)
出演:  イザベル・ユペール    ミシェル・ルブラン
     ロラン・ラフィット    パトリック
     アンヌ・コンシニ     アンナ
     シャルル・ベルリング   リシャール
     ヴィルジニー・エフィラ  レベッカ

 

 鑑賞後、1週間は消化不良のままだった。
 というか、胃のあたりに異物感がずっと残ったような感覚。自分が食べたのが和食なのか中華なのかフレンチなのか、それとも棒杭なのかが判別しずらい、そんな気持ちがずっと続いた。私の苦手監督ポール・バーホーベンはいったい何を伝えたかったのかがわからなかったのだ。

イザベル・ユペールのハードボイルドサスペンス?
中高年セックス賛歌?
性倒錯者達のブラックコメディドラマ?

 時間が経って分かったことは、この映画は次から次へと現れる「うへ!気持ち悪っ!!」を素直に楽しめばいいホラー映画だったということ。2回目鑑賞はないだろうけど、ポール・バーホーベンらしい良い仕事だと思う。序盤で女優の演技と絵の質感の良さには惑わされて方向性を見失ってしまうかもしれない。でもサスペンス的な伏線を全部、変態ネタで収めてしまうところは、豪腕過ぎだが潔さは感じた。変態監督が技巧的に自分の変態性を映像化した、そんな印象。

 男性の皆さんは、「イザベル・ユペール、美熟女だしオッケー。ぜんぜん抱ける。」をどこまで保てるか、自分を試しながら鑑賞してみて欲しい。

『ウォールフラワー / THE PERKS OF BEING A WALLFLOWER』

『ウォールフラワー / THE PERKS OF BEING A WALLFLOWER』(2012)

監督:    スティーヴン・チョボスキー
製作総指揮: ジェームズ・パワーズ
       スティーヴン・チョボスキー
原作:    スティーヴン・チョボスキー
      『ウォールフラワー』(アーティストハウス刊/集英社文庫刊)
脚本:    スティーヴン・チョボスキー
出演:    ローガン・ラーマン  チャーリー
       エマ・ワトソン    サム
       エズラ・ミラー    パトリック

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 久しぶりにナイーブな感受性全開の青春映画を観た。

 主役のローガン・ラーマン、ヒロインのエマ・ワトソン、そして飛び抜けて良かったお兄ちゃん役のエズラ・ミラーの演技が瑞々しくて素晴らしい。なんせエズラ・ミラーは抜群に上手かった。

 主人公の精神的な不安定さの原因となった過去の記憶が蘇る下りで、後半にとんでもないネタをぶっ込んできてびっくりしましたけど、説明的過ぎず映画全体の印象を壊すことなく深みさえ与えているところなんかは非常に上手い作りだと思う。

 内向的な主人公が居場所を得て、友人を作り、恋をして、ABCのステップを踏んで成長していく典型的な青春映画。うじうじしている主人公が、文学や音楽のセンスに溢れていたり、キレるとめちゃくちゃケンカが強かったり、実際のところはモテモテだったりと若干スーパーマン的な設定だけど、自分も含めてリアルに冴えない人間に勇気を与える良い脚本だった。

 

 やっぱり人には「居場所」というのは本当に大事なんだな。

 

 

『女神の見えざる手』

女神の見えざる手

上映時間 132分、製作国 フランス/アメリ
初公開年月 2017/10/20
監督: ジョン・マッデン
脚本: ジョナサン・ペレラ
出演:  ジェシカ・チャステイン       エリザベス・スローン
     マーク・ストロング         ロドルフォ・シュミット
     ググ・ンバータ=ロー        エズメ・マヌチャリアン
     アリソン・ピル           ジェーン・モロイ
     マイケル・スタールバーグ      パット・コナーズ

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 アマチュア映画評論家のウシダトモユキという方がやっている「無人島キネマ」というPodcastがとても出来が良くて聞いているのですが、その番組で本作を絶賛していたので気になって観てみた。そして何を隠そう僕はジェシカ・チャスティンが大好きだ。初見は「ゼロ・ダーク・サーティー」。ジェシカ演じる主人公マヤが、ビン・ラディン襲撃へ出発するシールズの隊員を「私のために殺してきて」と見送るシーンがある。彼女はそのとき、CIAという職業人として「殺せ」と言ったのか、友人である同僚を失った女性として言ったのか。この映画について言えば、彼女にその区別が無いところにおもしろさがあるのだと思う。物語の進行と主人公ジェシカの職業人としての成長に平行して進むプかロフェッショナリズムとアイデンティティの同一化。そうか、『ハート・ロッカー』でもそうだったけど、キャスリン・ビグロー監督は偏執と隣り合わせのプロフェッショナルを描きたいのだな。そんな配役にぴったりハマっていたジェシカ・チャスティンのクールな情熱と真摯さ、そして押さえ込まれた葛藤の演技に僕は一目惚れした。単純に顔が好みでもある。
 
 さて、今回鑑賞した『女神の見えざる手』。傑作である。素晴らしい。映画の基本構成はほぼジェシカ・チャスティンの一人芝居。漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のジョセフ・ジョースターばりに「おまえの次のセリフは ・・・」的な展開を次から次に重ねてくる脚本至上主義のサスペンス活劇。「え、どうなんの?どうなんの?」って物語が、後半にツーンと研ぎ澄まされて本作の(僕の考えるところの)テーマに収斂される構成は秀逸。少々の表現を変えて繰り返し使われる「ロビー活動は予見すること、敵の動きを予測し、対策を考える。勝者は敵の一歩先を読んで計画し、敵が切り札を使った後、自分の札を出す。」という台詞が主人公スローン(ジェシカ)の仕事の流儀を表しているのだが、脚本も徹底的にそれをなぞっていく。そう考えるといささか分かりやすくし過ぎた嫌いもあるが、それはこの素晴らしいエンターテイメント性に溢れた脚本の底にもう一本のテーマを仕込ませているからだろうと考えた。

 そのテーマとは…先鋭化した能力と人格ゆえの生きづらさとどう折り合いをつけるのかという事。彼女がアイデンティティを保つために犠牲にしなければいけないこと。それは家庭を持つ事であったり、友情を育む事であったり、心安らぐ日々を過ごす事であったりという事。スローンのマキャヴェリズムを地で行く仕事っぷりに、周囲の人間は彼女の優秀さを認めながらも戸惑い、時に傷付き、距離を取らずにはおれない。その事を彼女自身は自覚しながら、さらにロビイストとしての目的達成に傾倒していく。彼女の言う「勝つ為の能力」を行使することを自身の生き様に同一化していく。その様は果たして人並みの幸せを諦めた可哀想な女性の姿だろうか。それをそう感じさせない法案の内容と「メモ」の中身が秀逸なのだ。目的達成を目的化することなく、彼女は自己の信条をかたくなに守り、地位や報酬を潔く投げ打つ。全く違うジャンルの映画だが、『ダメージ』のラストを彷彿とさせるあの乾いた「達成感」がたまらない。

 『ゼロ・ダーク・サーティー』では、ジェシカ・チャスティンは全人格をもって職業に打ち込み、任務であるビン・ラディンの暗殺に成功したあと、喪失感とも言えないような微妙な表情を浮かべる。おそらくそこには自己の倫理とプロフェッショナリズムの間の葛藤があったのではないか。そして本作では生きることを勝つことと同義とすると腹を決めたある女性が自分なりの正義を貫くために、どこまでリスクを許容するかの葛藤の物語なのだ。そう、思い起こせば劇中で主人公の生い立ちはほとんど語られない。彼女がなぜそんな苛烈な人格になったかの説明はすっぱりと切り捨てられている。ラストを人情落ちにしなかったことも、観客の視点を散漫にさせないことに大きく貢献している。
さて、ロビイストの映画と言えばケビン・スペイシー主演の『ロビイストの陰謀』がある。とかくお金の話に目が行くが、私はあくまで、家族と仕事と男の話、自己実現とプロフェッショナリズムと信仰心の葛藤の物語と捉えている。フレームは『女神の見えざる手』と似ていながらほぼ真逆のメッセージになっているのが非常に興味深い。ケビン・スペイシーは「仕事の成功が全てではないよね、金じゃないよね」と刑務所の中から我々に伝えているようだった。

 そして『女神の見えざる手』において主人公は、「私、人に対する思いやりもないし利用することも厭わないソシオパスの一歩手前。だけど私をこの世に生かしてくれるせめてものお礼に、世直しに身を費やすわ。」と後ろ姿で訴えているような気がするのである。

先入観無しで観て欲しいお勧めミーハーアクション映画3本

僕が好きなアクション映画と言えば金字塔の『ダイ・ハード』、コンバットシューティングの演出が秀逸な『コラテラル』、役者も豪華だしいちいちマニアックな描写をする『RONIN』なんですが、ここでは「自分の好みで劇場に足は運ばなかったけれども、観てみたらめちゃんこ良かったやん!」な三本をご紹介します。

 

作品はこちら

 

三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船
②カウボーイ & エイリアン
エンド・オブ・ホワイトハウス

 

 

 

三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船
f:id:upaneguinho:20180424234212j:plainこれは楽しめました! 絵作りも役者も文句なし!! 設定もキャラが立っているし、導入部分のエピソードも人間味があってぐいぐい引き込まれます。 ミラ・ジョヴォヴィッチオーランド・ブルームが一歩引いて嬉々として嫌みな役をやっているのが素晴らしい。金かけたキャストと衣装とVFX。でも脚本とアクション演出の技あり感が素晴らしい「あー観ておいて良かった♡」な一本。

 

【カウボーイ & エイリアン】f:id:upaneguinho:20180424234156j:plain

「vs」じゃないところがせめてもの救いなくらいどうしようもなく萎えるタイトル。ところがこれ、僕にとってダニエル・クレイグのキャリアでドラゴン・タトゥーに次ぐくらい好きな作品。いや、冷静に考えてみてくださいよ、ダニさんとハリソン君とサム・ロックウェルとポール・ダニをこんなめちゃくちゃな設定の作品で一度に観られるなんて他にあります?! そして何より世界観が破綻していなくて、ダニさんのキャラ設定に奥行きまである凄い脚本。馬に乗って異星人の船を攻略するすげぇ面白い映画です。

 

エンド・オブ・ホワイトハウス

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嘘か本当かは知る由もないんですがホワイトハウスの内情やSPのことについてもの凄く良く描かれています。納得性高し。ジェラルド・バトラーの孤軍奮闘っぷりはもちろんジョン・マクレーン刑事には及びませんが、この作品ではマクレーン刑事の「独り言」に勝るとも劣らないモーガン・フリーマン演じる副大統領の合いの手が入ります。作品としてはホワイトハウス・ダウンローン・サバイバーよりも上を行っていると思う本作。良い勝負なのは『13時間 ベンガジの秘密の兵士 』ですかね(この作品はミーハーでもないので落選ですが、めちゃくちゃ面白いので是非観て欲しいです)。主役のジェラルド・バトラーを差し置いて大統領役のアーロン・エッカートがすげぇ良い!おんぶにだっこ感はヒーロー然たるところはないですけど、『インデペンデンス・デイ』の大統領ビル・プルマンに負けず劣らずの味を出していますよ!! アクション演出の工夫がいちいち楽しい作品です。

銃を使った格闘技という身体性の拡張~映画『ジョン・ウィック』

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ジョン・ウィック

監督: チャド・スタエルスキ
出演:
キアヌ・リーヴス        ジョン・ウィック
ミカエル・ニクヴィスト     ヴィゴ・タラソフ
アルフィー・アレン       ヨセフ・タラソフ
エイドリアンヌ・パリッキ    ミズ・パーキンス
ブリジット・モイナハン     ヘレン
ディーン・ウィンタース     アヴィ
イアン・マクシェーン      ウィンストン
ジョン・レグイザモ       オーレリオ
ウィレム・デフォー       マーカス

 

 久しぶりにガン・アクションで「凄い!」と思う映画を観ました。

 私の中でのガン・アクションシーンがダントツに素晴らしかったのは『コラテラル』でした。トム・クルーズ扮する殺し屋ヴィンセントのコンバット・シューティングの演出は素晴らしかった!
 腹を狙ってダブルタップ(二連射)。そして動きが止まったところで頭部への射撃。これを実に地味に演技をしているのです。決して二丁拳銃を横手に構えてダンスをしない。まぁ好きですけどね、ジョン・ウー節もwww

 『コラテラル』よりもかなり派手になっているし、「弾、当たる気せぇへんわぁ」的な進行ですが、『ジョン・ウィック』のガン・アクションは特筆すべき良さがあります。

 それは、「身体性の拡張」。

 ガン・アクションを描くときに、映画としてはまず銃器の絵面で見せます。例えば『ダイ・ハード』でそれまで誰も見たことがないグロックという拳銃を悪役に持たせて、もの凄く怖い印象を残しました。Vシネで世良公則が主演していた『クライム・ハンター』はそのダイ・ハードマクレーン刑事が使っているのと同じイタリア製のベレッタM92Fというオートマチック拳銃を使っているのですが、射撃シーンで薬莢を排出する拳銃上部の窓からの過剰な閃光は面白い演出でした。
 すみません、こういう話し出すと止まらなくなるもんで・・・。
 次に弾幕自動小銃の連射シーン。ぱっと思いついたのは『ヒート』でしょうか。そういえばある時期から発砲音のあとにわざとらしく薬莢が地面に当たる「コロンコロン」ていうSEが入るようになりましたね。
 弾幕とくれば着弾シーン。印象に残っているのは古いですけど『ガントレット』のバスが蜂の巣になるシーン。演出的にかっこういいなぁっていうのはやっぱり『マトリックス』の柱がぼっこぼっこ壊れるシーンですかね。
 そして、銃撃戦のリアルさを追求する映画。前述の『コラテラル』や『RONIN』はすごくよく描けている上に抑制が効いてて大好きです。

 ならば『ジョン・ウィック』の「身体性の拡張」ってなんだ?というお話なのですが、キアヌ扮するジョン・ウィックのガン・アクションが非常に格闘技的なのです。
本来、遠くの標的を破壊もしくは殺傷するための銃を、近接戦闘でまるでパンチやキックを繰り出すように扱うのです。

 この逆説的な演出。

 ジョン・ウィックがいろいろあって現役復帰(笑)するときに出した道具に、いわゆる拳銃と呼ばれる銃しかないのが不思議でした。小型で携行しやすいですが、装弾数に限りがあり、速射性、精度、破壊力に劣ります。
 ところが、戦闘シーンやウィリアム・デフォーとの描き分けで、ジョン・ウィックのキャラというか戦闘スタイルが明確になっていくんですよね。
 ジョン(キアヌ)は拳銃を使うストライカー(総合格闘技でいうところのパンチや蹴りなどの立ち技を中心に戦うスタイル。対して組みや関節技を中心にするスタイルをグラップリングと言う)なんですね。
 遮蔽物をはさんで敵と相対して撃ち合う、ちょっと顔出してバンバン! 打ち返されて引っ込んで弾倉交換(弾込め)なんていうのは一般的な描写ですが、ジョン・ウィックは敵と組み合いながらゼロ距離で発砲します!それも複数人相手に。
 映画『アウト・ロー』のトムさんの多人数相手の格闘技シーン(キーシ・ファイティング・メソッドという流派でバットマンでも採用されています)や、韓国版『オールド・ボーイ』の喧嘩シーン、あれを銃撃にしてると考えてみて下さい。むちゃくちゃでしょ?ww
 個人的な思い込みが強いかもしれませんけど、この映画のガン・アクションはそれくらい特異なもので、ものすごく良く出来ているなと思います。

 

 ジョン・ウィックもジャック・リーチャーも帰ってくるので愉しみですね。
 私は風俗トラブルでこの世を去ったもう一人のジャック(ジョージ・クルーニー『ラストターゲット』)が帰ってこないのが残念で仕方ないですけど。